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第18話

 翌日出社すると、ヒートが近いのか渋谷さんから僅かに甘い香りがした。  俺は顔を顰めると、ポーチを手にトイレに向かった。  飲むタイプの抑制剤は毎日服用していたが、俺はこういう時、注射器型の抑制剤も併せて使うことにしていた。  注射器型の抑制剤は効果も強く、即効性がある。  ズボンを降ろし、太ももに注射器を充てた。  そこはもう注射の痕がいくつもくっきりと残り、肌の色も変色し、皮膚はぼろぼろだった。  医者からは抑制剤の使用頻度を抑えるように言われていたが、自分が誰かを傷つけるくらいなら、太ももが紫に変わるくらい俺にはなんてことはなかった。  針を定位置に刺し、痛みに耐える。  終わると、空の注射器をポーチに戻した。  本当は渋谷さんにも、もっと自衛して欲しかった。  職場で彼女の体からフェロモンの香りがしたのはこれが初めてではない。  だがもうすぐヒートだろうから抑制剤を飲むようになんて一歩間違えればセクハラにあたるのではないかと思い、俺はなかなか彼女に言いだせずにいた。  番のいない渋谷さんはいつもヒートの酷い二日間ほど有休をとるから明日辺りから休みだろう。  渋谷さんの仕事を誰に割り振ろうかなど考えながら、俺は座っていた便座から立ち上がった。  ふいに眩暈に襲われ、俺は目の前の扉に慌てて両手をついた。  目を閉じ、息を整える。  最近、眩暈やら胃の痛みやら体がおかしい。  一度、病院に検査に行こうと思いながら、俺はトイレの個室からでた。  ランチ時間をむかえ、俺の席に前に大賀が立つ。 「課長、お昼行きましょう」  周りの何人かがこちらを見て意外そうな表情を浮かべる。  俺も立ち上がると、大賀に向かって頭を下げた。

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