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第21話
部署に入った途端、甘い香りが充満しているのに気づいた。
席に着くと、ふらふらと渋谷さんがやって来る。
「課長、すみません。今日早退させてください」
ほぼヒート状態の渋谷さんを前にして俺はパニックに襲われた。
渋谷さんは俺を見てどこか物欲しそうな表情を浮かべている。
彼女も必死に堪えているのだろう。
この部屋でアルファは俺と大賀だけだったが、あまりの香りにベータの男性たちも皆一様に赤い顔をしている。
「抑制剤は使用したのか?」
「なんかあ、飲んだんですけど、効き目がいまいちで」
「分かった。こんな状態で一人で帰ったりはしないだろ?」
「母親が迎えに来てくれるそうです」
「ではそれまで医務室で休んでいなさい。ちゃんと内鍵もかけるように」
俺の言葉に渋谷さんは頷くと、こちらに背をむけ、ゆっくり歩き始めた。
覚束ない足取りのせいで、渋谷さんは同僚の机にぶつかりベータの男性の胸に倒れこんでしまう。
「あっ、すみません」
男性が突然獣の様な声をだし、渋谷さんに襲いかかった。
「きゃあああ」
渋谷さんの着ていた白いシャツが男によって破られる。
俺は立ちあがったが、身動き一つとれなかった。
母もあんな風に父に襲われたのか?
じっとりと冷たい汗が全身からふきだした。
「何やってんだ。正気にもどれっ」
その時、大賀が襲っていた男の襟を掴み、壁に叩きつけた。
男は尻餅をつくと目が覚めたように何度も瞬きを繰り返す。
「医務室まで付き添ってやってくれ」
近くにいたベータの女性が大賀に頼まれ、渋谷さんに肩を貸すと、部署から出て行った。
騒ぎを聞きつけた部長がやって来て、襲った男を部屋からどこかへ連れだす。
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