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第24話
「とりあえず今週末にでも、病院行こう。抑制剤もなくなるし。できれば睡眠薬ももらって」
そう呟きながら、俺は帰社した。
職場に戻って自分の席に着いても、胃の痛みや吐き気は治まらなかった。
全身に冷たい汗が浮かび、生唾が口内に溢れる。
「課長、大丈夫ですか?体調すごく悪そうですけど、早退した方がいいんじゃないですか?」
近くの席のベータの事務員の子に声をかけられ、俺は顔を上げた。
渋谷さんと一緒になって俺の悪口を言っていた子だったが、嫌いな人物に心配して声をかけてくるなんて、俺の顔色はそんなに悪いんだろうか。
だとしても、本日決済の書類がまだ俺の机上には残っていた。
「問題ない。それより、この書類を」
喉奥まで上がってきた胃液を飲み込み、立ち上がると、ふいに眩暈に襲われた。
カシャンと自分の眼鏡が落ちる音が遠くから聞こえる。
「課長」
うずくまった俺を見て、女子社員が悲鳴のような声をあげる。
二の腕を強く掴まれ、俺は顔を上げた。
「大丈夫か?」
大賀が険しい表情でこちらを見つめている。
「平気だ」
俺の声は無様なくらいかすれていた。
「家まで送ります」
「いい。一人で帰れる」
大賀の申し出に俺は小さく首を振った。
「真っ白な顔して何言ってんだ。あんた」
大賀に怒鳴られ、首を竦める。
大賀はそんな俺に手際よくコートを着せると、俺のカバンを手に持ち立ち上がった。
足元が妙に柔らかく感じ、視界がぐるぐると回る。
大賀に抱えられるようにして俺は会社を後にした。
大賀は会社の前でタクシーを止めると、俺を後部座席に押しこんだ。隣に自分も乗り込む。
「課長、住所言って」
うわごとのように俺は運転手に自宅の住所を告げた。
ぐったりとした俺の額にひんやりとした掌が触れる。
「うわ。課長、熱ありますよ。病院行った方がいいかな」
「なんで?」
「えっ?」
「お前は俺のこと軽蔑してるんだろ?なのに何でこんなに優しくするんだよ」
もうろうとした意識の中で俺は涙を零しながら訴えた。
俺の頬を伝う雫を大賀が自分の親指で拭ってくれる。
「知らなかった」
どこか呆然と大賀が呟く。
「空色の瞳から零れる涙がこんなにも美しいなんて」
俺はそんな言葉を聞いたのを最後に、意識を手放した。
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