24 / 223

第24話

「とりあえず今週末にでも、病院行こう。抑制剤もなくなるし。できれば睡眠薬ももらって」  そう呟きながら、俺は帰社した。    職場に戻って自分の席に着いても、胃の痛みや吐き気は治まらなかった。  全身に冷たい汗が浮かび、生唾が口内に溢れる。 「課長、大丈夫ですか?体調すごく悪そうですけど、早退した方がいいんじゃないですか?」  近くの席のベータの事務員の子に声をかけられ、俺は顔を上げた。  渋谷さんと一緒になって俺の悪口を言っていた子だったが、嫌いな人物に心配して声をかけてくるなんて、俺の顔色はそんなに悪いんだろうか。  だとしても、本日決済の書類がまだ俺の机上には残っていた。 「問題ない。それより、この書類を」  喉奥まで上がってきた胃液を飲み込み、立ち上がると、ふいに眩暈に襲われた。   カシャンと自分の眼鏡が落ちる音が遠くから聞こえる。 「課長」  うずくまった俺を見て、女子社員が悲鳴のような声をあげる。  二の腕を強く掴まれ、俺は顔を上げた。 「大丈夫か?」   大賀が険しい表情でこちらを見つめている。 「平気だ」  俺の声は無様なくらいかすれていた。 「家まで送ります」 「いい。一人で帰れる」  大賀の申し出に俺は小さく首を振った。 「真っ白な顔して何言ってんだ。あんた」  大賀に怒鳴られ、首を竦める。  大賀はそんな俺に手際よくコートを着せると、俺のカバンを手に持ち立ち上がった。  足元が妙に柔らかく感じ、視界がぐるぐると回る。  大賀に抱えられるようにして俺は会社を後にした。  大賀は会社の前でタクシーを止めると、俺を後部座席に押しこんだ。隣に自分も乗り込む。 「課長、住所言って」  うわごとのように俺は運転手に自宅の住所を告げた。  ぐったりとした俺の額にひんやりとした掌が触れる。 「うわ。課長、熱ありますよ。病院行った方がいいかな」 「なんで?」 「えっ?」 「お前は俺のこと軽蔑してるんだろ?なのに何でこんなに優しくするんだよ」  もうろうとした意識の中で俺は涙を零しながら訴えた。  俺の頬を伝う雫を大賀が自分の親指で拭ってくれる。 「知らなかった」  どこか呆然と大賀が呟く。 「空色の瞳から零れる涙がこんなにも美しいなんて」  俺はそんな言葉を聞いたのを最後に、意識を手放した。

ともだちにシェアしよう!