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第34話
「ええっ。いいよ。土曜日だから混んでいるだろうし、かなり待つと思うから」
「構いません。それに長時間待つならなおさら俺も一緒にいた方がいいですよね。待っている間にまた課長が具合悪くなったら困るし」
「急に体調が悪くなったとしても病院なら対応してくれる。いくらなんでも、お前にそこまで付き添ってもらう訳には」
ふいに大賀は立ち止まると、俺を通路の端へと引っ張って行った。
「大賀?」
壁と大賀に挟まれたような体勢に困惑した俺は大賀を見上げた。
「いいですか、課長」
大賀がばんっと俺の両耳の側に手をつく。
「もし課長に何かあったら、俺の接待費や出張代の領収書は一体誰が決裁してくれるんですか?」
「いや、そういうのは渋谷さんとか他の子が」
「経理担当の事務員はみんな新人ばかりじゃないですか。課長が仕事できるから、いまはそれでもなんとかまわっているけど。もしこれで課長が入院ってことにでもなったら、俺や他の営業の領収書が山のように溜まって、結局自腹になるに決まってるんです」
ものすごい迫力で大賀にそう言われ、俺は唾を飲みこんだ。
「大袈裟」
「大袈裟なんかじゃありません。とにかく俺は自腹を切るなんて絶対に嫌ですから。課長の診断結果を医者から一緒に聞くまでは帰りませんよ」
「そんなの横暴だ」
言い返す俺を大賀が冷たい視線で睨みつける。
そんな大賀が怖くて涙目になった俺に、すっと大賀が手を伸ばした。
びくりと俺の肩が震える。
大賀は俺の濡れた目尻を親指の先でそっと拭うと、自らその親指をぺろりと舐めた。
俺はそんなことをする大賀を呆然と見つめた。
「横暴でもなんでも構いません。今日あなたは俺と一緒に病院に行く。これはもう決定事項なんだ」
そうはっきり宣言される。
間近に迫った大賀の表情は一歩も譲りそうにない。
諦めた俺は小さく頷いた。
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