34 / 223

第34話

「ええっ。いいよ。土曜日だから混んでいるだろうし、かなり待つと思うから」 「構いません。それに長時間待つならなおさら俺も一緒にいた方がいいですよね。待っている間にまた課長が具合悪くなったら困るし」 「急に体調が悪くなったとしても病院なら対応してくれる。いくらなんでも、お前にそこまで付き添ってもらう訳には」  ふいに大賀は立ち止まると、俺を通路の端へと引っ張って行った。 「大賀?」  壁と大賀に挟まれたような体勢に困惑した俺は大賀を見上げた。 「いいですか、課長」  大賀がばんっと俺の両耳の側に手をつく。 「もし課長に何かあったら、俺の接待費や出張代の領収書は一体誰が決裁してくれるんですか?」 「いや、そういうのは渋谷さんとか他の子が」 「経理担当の事務員はみんな新人ばかりじゃないですか。課長が仕事できるから、いまはそれでもなんとかまわっているけど。もしこれで課長が入院ってことにでもなったら、俺や他の営業の領収書が山のように溜まって、結局自腹になるに決まってるんです」  ものすごい迫力で大賀にそう言われ、俺は唾を飲みこんだ。 「大袈裟」 「大袈裟なんかじゃありません。とにかく俺は自腹を切るなんて絶対に嫌ですから。課長の診断結果を医者から一緒に聞くまでは帰りませんよ」 「そんなの横暴だ」  言い返す俺を大賀が冷たい視線で睨みつける。  そんな大賀が怖くて涙目になった俺に、すっと大賀が手を伸ばした。  びくりと俺の肩が震える。  大賀は俺の濡れた目尻を親指の先でそっと拭うと、自らその親指をぺろりと舐めた。  俺はそんなことをする大賀を呆然と見つめた。 「横暴でもなんでも構いません。今日あなたは俺と一緒に病院に行く。これはもう決定事項なんだ」  そうはっきり宣言される。  間近に迫った大賀の表情は一歩も譲りそうにない。  諦めた俺は小さく頷いた。

ともだちにシェアしよう!