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第37話
処方された薬を貰って、俺は大賀と一緒に帰宅した。
俺の部屋に上がりこみ、俺のいつも飲んでいるハーブティーを当たり前の顔でいれる大賀にも俺はすっかり慣れてしまった。
「大賀、本当に今日は付き添ってくれてありがとう。お前がいなきゃ、病院に親を呼ばれるところだった」
結果的に大賀が強引にでも付いて来てくれて助かったと俺は頭を下げた。
ベッドに座った俺に大賀がマグカップを手渡す。
自分の分はコーヒーをいれたようだった。
「いえ、俺も付き添いたかったし」
大賀はベッドの側に座って俺を見上げる。
「でも、抑制剤無しか。きついな」
つい本音がぽろりと零れた。
入社してからずっと俺はあれに頼ってきたのだ。
主治医はなくてもやっていけると言ったが、俺は自分をどうしてもそこまで信用しきれなかった。
項垂れる俺をじっと大賀が見つめる。
「課長。リハビリしましょう」
「リハビリ?」
俺が顔をあげると、大賀が頷いた。
「そう、リハビリです。俺と一緒に街を歩いて、抑制剤無しでの生活に少しづつ慣れていきましょう。そうだ。俺、オメガの友達多いんです。今度会わせますから、ちょっと話してみるのもいいかもしれません」
「でも」
返事に困った俺に大賀が微笑みかける。
「課長、マジックあります?」
唐突に言われ、俺はテレビ台の引き出しを開けた。
そこに入っているマジックを手渡すと、大賀が先ほど貰った薬の袋を漁り始める。
注射器型の抑制剤の入った袋を手に取ると、大賀は何かマジックで書き始めた。
「これ、お守りです」
渡された注射器の袋には「勝つ」の文字が大きく書かれていた。
「俺、高校の時野球部だったんですけど、大事な試合の前に監督がいつも『勝つ』って書いたリストバンドを部員全員にくれて。プレッシャーに負けそうになると、俺そのリストバンドに触ってました。そうすると安心できたから」
俺は大賀の癖の強い文字を撫でた。
大賀の思いやりが嬉しくて俺は泣きだしそうになる。
「ありがとう。嬉しい」
大賀が俺の手首をぐっと掴む。
「それを持って俺とリハビリしましょう。大丈夫、絶対に抑制剤なしでも課長はやっていけます。俺が保証しますよ」
「大賀、何でお前はそこまで」
俺に良くしてくれるんだと続けようとした俺に大賀が微笑む。
「決まってるでしょ。課長が元気で居てくれなきゃ、いったい誰が俺の記入漏ればっかりの領収書、受領してくれるっていうんですか?」
大賀の言葉を聞いて俺は声をたてて笑った。
つられて目の前の大賀も吹き出す。
二人で笑い合っているうちに、俺の強ばっていた心が解けていく。
「そうだな。やってみるか」
ひとしきり笑い終えた俺はぽつりと呟いた。
大賀は俺の言葉に満足そうに頷いた。
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