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第45話

俺の隣に座った女性が、心配気に目の前の女の子に声をかける。 「ちょっと大丈夫?顔、赤いよ」 「ううん」  隣は女の子の二人組だった。  女子高生だろうか。  ショートカットの髪型の子は熱に浮かされたような顔をしている。  その子から僅かに甘い香りがして、俺は体を強ばらせた。  ショートの女の子はカバンから薬を取り出し、目の前に座った女の子からグラスを受け取ると薬と水を口に含んだ。 「もう大丈夫。ちょっとしたら抑制剤効いてくると思う」 「ちゃんと早めに飲めって私、前にも言ったよね」 「ごめん、ごめん」 「今日は買い物止めて帰ろう」 「ええっ」  隣の二人組の会話を聞きながら、俺は自分の膝が震えるのが分かった。  隣の子、ヒートなんだ。  酷くはなさそうだが、俺の鼻にはもうはっきりと甘い香りが届いていた。  俺は抑制剤は主治医に止められた日から飲んではいない。  それでも不安を覚えることは今日まで1度もなかった。  大賀がいつも一緒にいてくれたから。  ふいに机の上の手首を掴まれ、俺は顔を上げた。  真剣な表情の大賀と目が合う。 「大丈夫?」  俺はおずおずと頷いた。  また甘い香りを感じ、唇を嚙みしめる。 「課長」  大賀が俺の手の甲をゆっくりと宥める様に親指で撫でる。 「今、課長といるのは俺なんです。俺だけに集中して」 「ん」  俺は胸ポケットに入れていた抑制剤の注射器を片方の手で服の上から握りしめた。  それは以前、大賀が「勝つ」と文字を入れてくれた注射器だった。  そうしていると冷や汗が止まり、鼓動が落ち着いてくる。  俺は顔を上げると、微笑んだ。 「大賀、ありがとう」 「どういたしまして」  大賀は俺の気持ちなんてお見通しだとばかりの余裕の表情で頷いた。  気付けば、隣の二人組はいなくなっていた。 「そろそろ行きましょうか」  俺は大賀の言葉で立ち上がった。  トレーを返すと、大賀が当たり前のように手を差し出す。  俺はその手を握った。 「大賀、ありがとう」  どうしてももう一度礼を言いたくて、そう呟くと、大賀が俺の頭を引き寄せ髪の毛をくしゃりとまさぐる。 「何度いうつもりですか、あんた」  ぶっきらぼうな言い方と、赤い頬から大賀が照れていることに気付いた俺はくすりと微笑んだ。

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