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第146話

「兄さん」  冬が呟くと同時にドアが叩かれる。 「唯希さん。中にいるんでしょ。大丈夫ですか?」 「大賀」  無我夢中で俺はその名を呼んでいた。  慌てて口を塞ごうとする冬の掌に噛みつく。 「大賀っ、お願い。助けてっ」  叫んだ瞬間、扉が開き、スーツ姿の大賀と目が合った。  大賀は俺の上に馬乗りになっている冬の二の腕を掴み立ち上がらせると、怒鳴りつけた。 「ふざけんじゃねえぞ。このクソガキが」  鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの大声だった。  大賀が拳を振り上げる。 「止めてっ。大賀っ」  大賀が俺を睨みつけ、反対に冬は満面の笑みを浮かべた。 「なんで止めるんですかっ。これ、無理やりなんでしょ?」  大賀が拳を振り上げたまま尋ねる。 「冬が……俺のことを兄とは思っていなくても、俺にとって冬は大切な弟だから」  俺はぽつりと呟いた。 「俺さえいなければ良かったんだよな」  乾いた笑みを浮かべると、冬が思い切り大賀を突き飛ばし、俺の傍に座る。 「そんなことない。俺は」  冬が俺に手を伸ばす。  俺はその手を避けると、後ずさった。 「ごめん、冬。俺は今お前のことが怖くて堪らない。出ていってくれないか」  冬はショックをうけたように唇を震わせた。 「兄さん。俺はただ兄さんに好きだと言って欲しくて」  俯いた冬にかける言葉はなかった。  冬は立ち上がると、大きく息を吐いた。  冬も俺も飲んだ薬の効き目はまだ切れていない。  冬はごくりと唾を飲むと、目を閉じ、ゆっくりとした足取りで玄関にむかった。 「産まれてこなきゃよかったなんて、俺は兄さんに言わせるつもりじゃなかった。本当だよ」 「冬」 「ごめん、兄さん」  冬が玄関を開け、出ていく。  アルファがラット状態で外を歩くなんて危険すぎると気付いた俺は大賀を見上げた。 「大賀、ごめん。今あいつ薬のせいでラットなんだ。タクシー呼んでやってくれないか」 「薬って……分かりました」  大賀は舌打ちすると、部屋から出ていった。

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