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第160話
いつの間にか汗で額に貼りついた俺の前髪を大賀がそっと撫でる。
「唯希さん、あなたには蔵元に会う権利がある。気になるんでしょう?自分の実の父親のことが」
大賀に微笑まれて俺の顔がくしゃりと歪む。
「でもそれは今の父親への裏切りだ」
「違うよ。唯希さんのお義父さんだって絶対にそんな風に思ったりなんてしない」
そうだろうか。
蔵元の話はうちでは最大の禁忌だった。
俺が蔵元に会いたいと言って失望する両親の顔が頭に浮かぶ。
「唯希さん。ご両親にその話をするとき、俺も一緒にいていいですか?」
「そんな、大賀は関係ないのに」
大賀の眉が下がる。
「関係ないなんて言わないで。確かに俺達は一度別れたけれど、お互い本意じゃなかった。俺はあんた以外考えられないし、お試しなんかじゃなくちゃんと付き合いたいと思ってる」
俺は黙って首を振った。
「俺は自分の辛い人生にお前を巻き込みたくない」
そう言ったら大賀が笑うから、俺はぎょっとしてしまった。
「唯希さんの人生に巻き込まれるなんて俺の最大の願望ですよ。こうやって傷ついた唯希さんの傍に寄り添って癒したいとも思うけれど、弱っている唯希さんが俺に落ちてくれればいいとも思ってる。それにこんな頼りなげな唯希さんを俺は他の誰の眼にも晒したくない」
大賀が俺の頬を包み、微笑む。
「大賀、俺は」
「少し話すぎましたね。色々あって疲れたでしょ?今日はもう寝ましょう」
大賀は俺をベッドに押しこむと隣に寝ころんだ。
自分の腕の中に俺を閉じ込める。
「おやすみなさい、唯希さん」
頭が混乱しすぎて眠れない。
そう思っていたのに、大賀の香りに包まれると、ほんの数分で俺は眠りに落ちた。
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