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第1話 ①

夕暮れの校庭にホイッスルが響く。 陸上部の練習終了を告げる合図だ。  日が暮れるのが遅くなってきた。 夏の足音が聞こえてきそうな湿気った風を感じながら、宝は首筋に流れる汗を拭った。 「和泉、今日は調子悪かったのか?」 ロッカールームで制服に着替えてる最中、和泉 宝は部長の福永に話しかけられた。 「いえ、そんなことはないですけど・・」 宝はシャツのボタンを止めながら口数少なく答える。 「クールだねぇ、和泉は」 横から二年の市ノ瀬がからかう様に口を挟んだ。 「お前、もう少しコミュニケーションとった方がいいぞ。うちの部人数少ないんだからさ、協調性が必要!」 「お前は喋りすぎなんだよ!」 福永がコツッと市ノ瀬の頭をこずく。 宝の所属する陸上部は元々人数が少なくその上幽霊部員も多い。 毎回練習に出るのは今いる福永と市ノ瀬と宝の三人だけだ。 それぞれが個人種目で出る競技の練習をしている。 「それよりさ和泉、この間の話どうなった?四賀に声かけてくれたか?」 「いえ、まだ・・」 宝はネクタイをグッとしめながら答えた。 「四賀って、体育祭で速かった奴ですか?」 市ノ瀬がダラダラと着替えながら話に入ってくる。 「そう、体育祭の100㍍走で和泉に勝ってた奴。しかもあいつさ、短距離だけじゃなくて長距離も速くて目立ってたろ?あんだけ走れるならぜひ陸上部に入ってくんないかなって。だから同じ一年の和泉に声かけてもらえないか頼んだんだよ。いきなり上級生が行くと、あっちも断りづらいだろうし」 「へー、確かにうち弱小ですもんね~!少しでも成績あげないと予算減らされる可能性あるらしいし」 「俺の代でそうなるのだけは避けたいよ、本当・・」 市ノ瀬と福永が話している間に宝は着替え終わり、自分のロッカーをパタンと閉めた。 「四賀とは・・クラスが違うのでなかなか話す機会がなくて・・でもなるべく早く聞いてみます。では、お先に失礼します」 宝はそう言うと、ペコリと一礼をして一人先に部室を後にした。 宝が足早に校門の方へ向かっていると、少し先を見慣れた人影が歩いている。薄く日に透けた茶髪が風に揺れ、やや猫背気味で音楽を聴きながら歩いているその背中に宝は声をかけた。 「完ちゃん~!!」 ポンと背中を叩かれ、瀬野 完路は少しビクッとして宝の方を振り向いた。 「・・宝、まだ学校だよ。俺の真似っこはもういいの?」 「あ、ヤベ・・完ちゃん見つけたらなんか安心しちゃって」 宝は慌ててヘラっと曲がっていた口をきっちり結び直す。 「まぁ、もうこんな時間だしそんなに生徒も残ってないだろうけど」 「完ちゃんはこんな時間まで何してたんだ?」 「勉強。家じゃ落ち着いて出来ないから」 「えー、この間中間終わったばっかなのに!さすが完ちゃん!やっぱかっこいいな!」 宝はニコニコしながら完路の横を並んで歩いた。 もうすっかり『クール』なふりは忘れている。 「で、俺の真似してみて、なんか変わった?」 完路は耳に付けていたイヤホンを外しポケットにしまいながら聞いた。 「やっぱり全然違うって!完ちゃんみたいなクールな男のふりしてると女子の反応も先輩からの扱いも全然違う!中学の時はただ足が速いだけの子猿扱いだったのにさ!」 宝はフンッと鼻をならし少し興奮気味に話した。 そんな宝を見て完路は目を細めて笑う。 「宝、何か食べて帰る?」 「本当?!俺お腹ペコペコなんだよ!駅着いたらコンビニで肉まん買いたい!」 「いいよ」 そんな会話をしながら二人は帰宅の途についた。 宝は身長がさほど高くない。 足は昔から速かったが、つい思ったことをバンバン喋ってしまうし、何に対しても思慮深く対応できない、さらにチョロチョロ動き回るものだから周りから子猿みたいだとからかわれてきた。 そんな自分を変えたいと思ったのは、この隣を歩く幼馴染で親友の完路の影響があったからだ。 完路はとても冷静で頭もよく、周りからも一目おかれる存在であった。 自分も完路のようになりたい、中学三年生の頃宝はよくそう言っていた。 しかしそれを言う度、周りには「無理だ」と言われバカにされてきた。 どうにか変われないものか。 そう悩んでいた時、完路が地元から少し遠くの高校を受けるという話を聞いた。そこなら同じ中学の者は完路しかいない。 憧れの完路の側で、自分も完路のような人間になって周りからかっこいいと思われたい!! そんな単純な動機で宝は今の高校へと入学した。 そして完路の雰囲気を真似しながら、クールな陸上部の新人、和泉 宝を演じている。 目指すは陸上部のエース。 それは宝にとってなくてはならないステータスだ。 小さい頃から人より優れていたのは足の速さだけだった。 そしてこの高校の陸上部は人数も少ない弱小部。 ここならエースになれる! 狙い通り宝は陸上部の期待の新入部員となった。 しかしそれを脅かす存在が現れた。 四賀 大成。 宝と同じ一年生だ。 チョコレートのような濃い目の茶髪に、チョコレートのような甘い笑顔で、いつも誰に対しても愛想よく接している。 宝は彼とクラスが違うため、その存在を先月の体育祭まで知らなかった。 宝が彼を認識したのは、その体育祭で屈辱的な敗北を喫したからだ。 宝はクラスメイトからも体育祭での活躍を期待されていた。 宝も自信があった。 高校へ入学して、自分の存在を最もアピールできるイベントだ。 同じ学年では自分に勝てる奴はいないはず。 そう思って挑んだ体育祭。 絶対に勝てる、そう思っていた100㍍走だったがまさかの事態が決勝で起きた。 各レースで一位だった五人が最後に競う。もちろん宝は決勝進出を決めていた。 パーン!! 各コースに並んだ五人がピストルの音と共に勢いよく飛び出した。 宝は一番アウトのコースだ。外側に膨らみながらもグングンと他の四人を引き離し走っていく。 コーナーを曲がり目の前が一直線になった。 もうすぐゴールだ。 宝がそう思った瞬間・・ グンッと中側から追い抜かれた。 (え・・?) 一瞬のことで、宝はわからなかった。 しかし次の瞬間には パーン!というゴールの合図の音がした。  (なんだ?え?) 宝はそのままゴールしたがそこにはゴールテープはなかった。 その代わりに目の前には自分より先にゴールをした人物が汗を拭きながらニコリと笑って立っていた。 「お疲れ、君速いね」 彼は爽やかにそう言って、宝の肩をポンポンと叩いた。 「キャー!四賀君すごーい!」 「四賀ー!おめでとうー!」 すると突然、その四賀と呼ばれた人物を囲むように数人が集まって歓声をあげた。 宝はその人波に圧され、その場を離れるしかなかった。 「和泉、お疲れ、惜しかったな~」 クラスメイト達が残念そうに話しかけてくる。 「あいつ速かったな?!びっくりしたわ」 「ね、和泉君も速かったけどそれ以上だった!」 「あいつ誰?!陸上部じゃないよな?和泉」 クラスメイト達は負けた宝の心境などお構い無しに、突如現れたダークホースの話題で盛り上がった。 「ごめん、誰かは知らない・・俺、ちょっと水飲んでくる」 宝はそう言うと静かにその場を離れ、一人水飲み場へと向かった。 水飲み場に誰もいないことを確認すると、宝は悔しさのあまりその場で地団駄を踏んだ。 あいつは誰だ?! 四賀?! そんな奴今まで知らなかった。 クソッ!!俺が優勝するはずだったのに! 一体なんなんだよ!!?あいつ! そんな苛立ちを収められないまま、体育祭は続いた。 そして驚いたことに、先程100㍍走に出ていた四賀という人物は、午後の競技の長距離走にも出場し優勝していた。 四賀は爽やかな笑顔を浮かべクラスメイト達に手を振っている。 宝は長距離は苦手だったので出場はしなかったが、四賀のその走り方やスタミナがスゴいことは悔しいほど伝わった。 結果としてこの体育祭で話題をさらったのは一年生の四賀 大成になった。 宝は悔しくて仕方がなかったが、それを顔に出さないようにした。ここで素を出したら、今までやってきた事が無駄になってしまう。 きっと完路ならこういう場面でも口数少なく、その場の雰囲気に溶け込むはずだ。 宝もそれを真似して過ごした。 しかしそんな宝に追い討ちをかけるような事がおきた。 「和泉、あの体育祭で速かった四賀君、スカウトできないかな??」 体育祭が終わった次の週の昼休み、部長の福永に呼び出され唐突にこう言われたのだ。 彼はどこの部活にも所属はしていない。 しかし体育祭の活躍で、おそらく他の運動部も狙いをつけてるところがあるはずだ。 ここは田舎の高校で生徒数も多くはない。 そのため盛んな部活動は目立ちやすく、人気者になりやすいのだ。 今や部員数が減少傾向で、存続すら怪しい陸上部に四賀はなんとしてもほしい存在なのだと、福永は言った。 宝は自分だけではダメなのかと悔しくなった。 自分が好成績を出せれば、それだけで話題になる。 もう少し、もう少し頑張ればもっと注目されるはずなのに・・

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