2 / 32

第1話 ②

昨日やんわりと福永から催促されてしまった宝は意を決して四賀に会いに行くことにした。 宝は四賀のクラスの前までいくと教室の中を覗いた。 (いた!) 四賀はクラスメイトと楽しそうに談笑している。 相変わらず爽やかそうな嫌味のない笑顔だ。 (いるよなぁ、ああいう天然物のクラスの人気者タイプ) 宝は心の中で毒づいた。 しかしこっちだって今は『クールな陸上部の期待の新人』だ。 負けてない、はず! 宝はグッと掌を握り決心すると、教室の中に入り四賀の前に立った。 「なぁ、あんた四賀?」 我ながらクールな声の掛け方だと、宝は思った。 声をかけられた四賀は宝の顔をジッと見て、それからニコリと笑って言った。 「そうだけど。何か用かな?」 「俺、隣のクラスで陸上部の和泉。その、四賀に陸上部に入ってもらえないかと思って誘いに来た・・」 宝はツンとした表情を崩さず言った。 すると四賀はポンと両手を叩いた。 「あぁ!体育祭で速かった人だよね!一緒に走ったの覚えてる?楽しかったよね」 (くっ・・ 楽しかっただぁ?!こっちは屈辱的な気持ちで穴の中に落ちたような気分になったのに?!) と、宝は心の中でブチッと怒ったがグッと堪えて言った。 「そうだな。それで四賀がとても速かったから、もし良ければ陸上部に入ってもらえないかなと思ったんだけど」 (入らないって言え!!断れ!断れ!) 宝は口に出した言葉とは真逆の気持ちで心の中で祈るように繰り返した。   「・・うーん、一年生って和泉君だけなの?」 四賀は勧誘への返事ではなく質問で返してきた。 「あぁ。一年は俺だけだ。先輩達はもう少しいるけど、ほとんど幽霊部員でまともに部活に出てるのは俺入れて三人くらい・・」 「そっかぁ。少ないんだね・・」 そう言うと四賀は少し考え込むようなポーズをした。 (なんだ?!迷ってるのか?!) 宝は固唾を飲んで返事を待つ。 そして数秒して、四賀はニコリとしながら宝に手を差し出して言った。 「わかった!入部しようかな」 「えっ?!」 宝は思わず大きな声が出た。 「あれ?ダメだった?」 宝がまったく嬉しそうな反応をしなかったため、四賀は首を傾げて聞いた。 「あっ、いや。まさか。歓迎するとも・・ようこそ陸上部へ」 動揺しすぎた宝は必死にクールぶろうとして言葉遣いが支離滅裂になる。 「あはは!何それ!面白いね」 四賀にはそれが面白かったらしい。 爽やかに笑いながらパシパシと宝の肩を叩いた。 そして改めて宝の手をぎゅっと握り握手した。 「よろしく、和泉。たった二人の一年なら仲良くしような」 ・・・ なんてことだ。 勧誘に成功してしまった。 宝は四賀のクラスを後にすると、トボトボと廊下を歩きながら思った。 なんで断らないんだよ?! 別にもともと陸上に興味があったわけじゃないだろ?! あったなら入学してすぐ入部するはずだ! なのに!!ヒーローは遅れてやってくるってか?! くそー!! 宝は頭の中で地団駄を踏んで悔しがった。 しかし、一見にはただ静かに歩いてるクールな和泉宝に見えているはずだ。 「宝?何してんの?」 その時、後ろから完路が声をかけてきた。 「か、完ちゃーん!」 宝は思わず大声で駆け寄った。 「聞いてよ完ちゃん!!俺ダメだったー!成功しちゃったよ、勧誘ー!くそ〜」 宝はそう言うと、先程は頭の中でした地団駄を今度は実際にやってみせた。 「宝。素、出てるよ」 そんな宝を見て完路が冷静に言う。 「はっ!」 宝は慌てて周りを見回し、クラスメイトがいないことを確認すると一息ついた。 「ご、ごめん。ありがと完ちゃん」 そしてボソッと小さな声で完路に言った。 「言いたいことあるなら、今度聞くから。早く教室戻らないと休み時間終わるよ」 完路はそう言うと宝の肩をポンと叩いて行ってしまった。 どうやら完路のクラスは次は移動教室のようだ。化学の教科書を持っていたから化学室に行くに違いない。 宝は完路の背中をじっと見て思った。 俺はまだまだ完ちゃんみたいにクールなやつになれてない。 もっと冷静で大人な人間を目指さなくては。 そのためには四賀のことも、もっと寛大な心で受け入れよう。 そうだ。 こっちから歩み寄って、切磋琢磨し良いチームメイトになれるように目指そう。 そして、二大エースって言われれば良いんだ! 宝はグッと手のひらを握り、一人心の中で誓いを立てた。 次の日の放課後。 部室に行くとすでに四賀が体操着に着替えて待っていた。 まだ他の部員は来ていない。 福永には昨日のうちに勧誘に成功したことを報告しておいたのだが、どうやらさっそく四賀に会いに行って部長直々に色々と説明したらしい。 「やぁ、和泉!」 四賀は宝に気がつくと、イラッとするほどの爽やかな笑顔で挨拶をしてきた。 「今日からよろしくな!俺陸上部は初めてだから楽しみだな」 四賀はそう言いながら部室のベンチに座ってペットボトルのお茶を飲む。 「・・中学は何部だったの?」 宝は自分のロッカーを開け、部活着に着替えながら聞いた。 「サッカー部に入ってたんだけどね。俺あんまり向いてなかったみたいで高校では入るのやめたんだ」 四賀はニコリとしながら答える。 「・・そうか」 宝は表情を変えず相槌をうった。 向いてないって何が向いてなかったのだろう? 少し気になったが、それを突っ込んで聞いていいのか分からず宝は黙った。 きっと完路なら最初から色々聞いたりはしないだろう。 ここは完路らしく宝も聞かないことにした。 「和泉は物静かな感じなんだね?俺うるさいかな?」 四賀がすくっと立ち上がると宝の前に立って聞いた。 四賀の身長は宝より15センチほど高い。 宝は少し見上げるとジッと見つめて言った。 「別に。大丈夫・・」 「そっか、良かった!じゃぁこれからも遠慮なく話かけるね」 四賀はキラキラと輝くような爽やかな笑顔で言った。 (人当たりもよく、爽やかで、明るく、背が高くて、そして足が速い!! 何てこった・・すでに全然勝てる気がしない・・ 俺の高校デビュー計画が・・) 大人になろうと心に決めても、宝は結局嫉妬心の方が勝ってしまう。 (ちゃんと仲良くできる気がしない・・) 宝は心で呟いた。

ともだちにシェアしよう!