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第1話 ③

それから宝と四賀は週三回の部活動で顔を合わせるようになった。 四賀は短距離、中距離、そして長距離のそれぞれを練習して、今後どの種目をメインにするかを決めることにすると部長の福永が言った。 (短距離だけはやめてほしい・・) 宝は心で祈った。 「いやー速いやつが入ってよかったなー!」 練習中、二年の市ノ瀬が笑顔で宝に話しかけてきた。 「和泉も競う相手がいた方が楽しいよな?」 「・・そうですね」 宝はポツリと答える。 (何が競う相手だ! 四賀と走っても勝てないことが多いのに!) 宝は返事とは裏腹に毒づいた。 「そう言えば今日部長まだ来てないですね?」 四賀が額の汗を拭いながらグラウンドを見回して言った。 「あぁ、なんか今日生徒会の人達が学校のホームページに載せる写真を撮りたいとかで待ち合わせてるんだってさ」 市ノ瀬がそう言うと、ちょうど校舎の方から福永と知らない男子生徒が歩いてくるのが見えた。 「あっ、ほら。生徒会長の三角先輩も一緒にいる」 「生徒会長・・」 宝は三角と言われた人物をジッと見た。 そういえば入学式の時挨拶してたな・・ でも、顔も名前もまったく覚えていなかった。 三角は宝と同じくらいの身長で小柄で華奢な感じがした。 色素の薄いサラサラとした髪が、儚そうな雰囲気を強調している。 (この人が生徒会長、この学校のトップ・・ カッコいい響きだなぁ・・) 宝が羨望の眼差しで見つめていると、生徒会長の三角が少し驚いたような表情をして近づいてきた。 「あれ?大成、部活始めたの?」 三角が話しかけたのは、宝の隣にいた四賀だ。 (え?四賀と知り合い?!) 宝が驚いていると四賀がニコリと笑って言った。 「そうなんだ。この和泉から誘われて、楽しそうだから入ることにしたんだ」 四賀はそう言いながら宝の肩をポンと叩く。 宝は驚いてビクッとなったが、顔に出さず冷静を装った。 すると三角は宝の方に向き、これまた四賀と同じくらいの爽やかな笑顔で言った。 「へぇ、そんなんだ!和泉君、大成をよろしくね。わがまま言ったら叱ってあげて」 「やめてよ、樹。もう俺子どもじゃないんだよ」 四賀はフフと笑う。 「なんだ、四賀と三角友達なの?」 そんなやりとりを見ていた福永が三角に聞いた。 「違うよ。従兄弟なんだ。まさか大成がここに入るなんて思ってなかったから入学式で見かけて驚いたよ」 三角が言った。 従兄弟だったのか・・ なるほど。 だからなんとなく雰囲気が似てるんだ。 爽やかで人当たりが良さそうなところなんてそっくりだ。 宝は四賀と三角を見比べて思った。 それから三角は写真を何枚かパシャパシャと撮ると、福永に軽くインタビューをして去って行った。 宝達はその後一時間ほど練習し、部活が終わるとそれぞれ着替えて帰宅の準備に入った。 「すみません、今日はお先に失礼します!」 いつもゆっくり着替えている四賀だが、今日は一番に部室を出て行く。 「おう!お疲れー」 市ノ瀬と福永が元気に答えた。 四賀はすっかり先輩達のお気に入りだ。 ふー・・ 宝は小さくため息をついた。 (四賀自身もあんなに爽やかでカッコ良くて、さらに従兄弟は生徒会長でこれまた爽やかで優しそう、なんだそれ?!漫画かよ!?) 宝はコツコツとイライラをぶつけるようにロッカーを指で叩く。 「どうした和泉?なんかあったのか?」 福永が心配そうに聞いてきた。 「あっ・・いえ、大丈夫です」 宝はハッと我に帰ると手のひらをヒラヒラとさせて否定した。 今日は宝が鍵当番になっている。 一番最後に部室を出ると、職員室へ鍵を返しに行った。 そしてのんびりと校門へ向かう。 そういえば今日は完路はいないかな? 宝はふとそう思い、図書室に寄ってみることにした。 近道をしようと、外から図書室の窓が見える校舎裏の道を進む。 少し前に宝が見つけた抜け道だ。 するとその少し先で二人の人物が何やら話をしているのが見えた。 もしかして告白現場とかかな? 宝は静かにそっと近づいてみた。 しかし、そこにいたのは意外な人物だった。 先に帰ったはずの四賀と生徒会長の三角だ。 なんでこんな所に四賀と三角先輩が?? ここは普段人が通る場所ではない。 それこそ告白だとか、人に聞かれたくない話をするのに最適な場所だ。 宝は引き返そうか迷った。 しかしその時、耳を疑うような四賀の声が聞こえてきた。 「お前、本当やめろよ。あぁいうこと言うの。イメージ悪くんなんだろ?」 えっ? 今の・・四賀の声? あまりにも今まで抱いていたイメージとは違う四賀の声が聞こえたので、宝はその場で固まってしまった。 「そう?俺そんな変なこと言ったかな?それに大成は大成でしょ?イメージもなにも・・」 三角は顎に手を当てて、よくわからないという顔をしている。 「うるせーよ。俺はもう今までの俺じゃねーんだ!高校からはお前みたいに、誰にでもいい顔してヘラヘラニコニコ笑って、周りの奴ら騙くらかして平穏に過ごすって決めてんだよ!」 四賀は三角をキッと睨みつけると口悪く言い放った。 えっ!? 今なんて言った? 三角先輩みたいに? 四賀のあの爽やかさは三角先輩の真似だったのか?? 宝は驚きのあまり後退りをした。 しかし・・ ドン!!! その拍子で後ろの石につまずき盛大に転んでしまう。 その音を聞いた四賀と三角がハッと宝を見た。 「・・和泉?」 四賀は眉間にしわを寄せて宝を見つめる。 「あっ、わり!あの、俺全然聞く気とかなかったんだけど!!本当、ただこの道を通りたかっただけなんだけど!なんか聞こえちゃって!あの・・」 宝は『クール』のふりをするのも忘れて慌てて言った。 「あの・・その、ごめん・・」 宝はどうしていいか分からずしゃがんだまま下を向く。 すると、四賀はグイッと腕を引っ張り宝を無理やり立ち上がらせた。 「和泉、ちょっといいかな?」 先ほどまでの雰囲気とは違い、にこやかな笑顔で四賀は言う。 しかしその笑顔はどこか引きつって見えた。 「え・・」 宝は有無を言わせないような四賀の笑顔に恐れを感じ、思わずグッと踏ん張るように足の力を強めた。 しかし強い力で宝はどんどんと引っ張られていく。 四賀はその場に三角を残して、宝をさらに奥の通路の方へと連れて行った。 周りに誰もいないことを確認すると、四賀は宝を壁側に立たせた。 バン!!!! そしてすごい力で宝の顔の横に手をつく。 それはまるで脅されているような雰囲気だった。 「和泉、さっきの話聞こえてたのかな?」 四賀は笑顔のままだが目はまったく笑っていない。 「さ・・さっきの話?」 宝は怖さのあまりどもってしまった。 「あぁ、俺と樹が話していた内容・・」 四賀は鋭い視線を宝に向けた。 「・・・」 その凄みに宝は思わず黙ってしまう。 (なんで俺がこんな睨まれなくちゃいけないんだ?!) 宝はこの理不尽な雰囲気に少しづつ苛つき始めた。 (そもそも、俺はこの四賀のことがそんなに好きじゃない!俺が聞かなかったふりをしてやる義理はないんじゃないか!?) 宝はキッと四賀を睨み返し、開き直るように言った。 「あぁ聞こえてたけど!?びっくりしたなぁ〜。爽やかな四賀の本性がまさかこんな奴だったなんて!思ってたのと全然違ったぜ!爽やかどころか腹黒じゃねーか!」 宝はフンっと鼻を鳴らした。 「・・・」 今度は四賀が黙る番だった。 ジッと宝を睨み続けている。 しかし数秒の沈黙の後。 「ふっ」 と、四賀が吹き出し言った。 「なんだよ、お前こそクールな和泉君はどこいったわけ?その頭の空っぽそうな発言がお前の本性ってわけだ?」 !! 宝は思わず目をまん丸にして、しまったという顔をした。 (そうだった!!驚きのあまり自分を偽るのを忘れてた!!!) 四賀はニヤリと底意地の悪そうな顔を見せる。 「お前こそこんな奴だったんだなぁ。クールどころか騒がしい小猿って感じゃねーか」 「なっ!!お前!それ俺が一番言われたくないやつー!!!」 宝は思わずカチンときて怒鳴った。 「俺はな!もう小猿は卒業したんだ!高校ではクールな男になって、陸上部のエースとして一目おかれるような人間になるって決めてんの!」 「ふーん。でももう俺にバレたよなぁ。俺がお前の本性バラしたらその計画も一気におじゃんだよな?」 四賀はまだ意地悪そうな顔でニヤリとしている。 「?!お前!脅す気かよ?!」 宝は思わず四賀の胸ぐらを掴んだ。 胸ぐらを掴まれた四賀は軽く舌打ちをしたが、宝をジッと見下ろすと言った。 「・・バラさねーよ。お前が俺のことバラさなきゃな」 「・・・」 宝は四賀の瞳が真剣な色に変わったのを見て、ゆっくりうなずく。 「・・・わかったよ、バラさない。その代わりお前も俺のこと、本当に秘密にしろよ」 「あぁ、これで交渉成立だな」 四賀は口角を片方だけ上げて笑うと右手を宝へ差し出した。 (握手か?) 宝はそう思い、自分の右手で四賀の掌をギュッと握る。 すると四賀は握り返された宝の手をグッと取ると吹っ切れたような顔で明るく言った。 「おし、じゃぁ飯でも食って帰ろうぜ!」 「はっ?!」 宝は面食らった。 「いやー入学して2ヶ月近くずっと爽やかなフリしてきたら疲れたんだよなぁ。せっかく素で喋れるやつが出来たんだから、なんかぱーっと食って帰りたい気分なんだよ」 四賀はニコニコと言った。 「・・まぁ、いいけど」 宝は照れ臭そうに答える。 入学してからずっと、宝自身もクールな人間を装うのに気を張ってきた。 そのため、完路以外で気楽に素で話せる相手はいない。 つまり、四賀が高校で初めてできた気のおけない友人になるということだ。 その存在に宝は少しワクワクした。 ついさっきまで、敵視してきた人物が自分と似た境遇でいた。 それだけで親近感を覚える。 「おっし、行こうぜ!」 四賀はそう言うと、ズカズカと抜け道を歩いてく。 「わっ!待てよ!!」 宝も楽しそうにその後をついて行った。 ーーー 窓の外で聞き慣れた声がした。 完路は勉強していた手を止め、窓の方に目をやる。 放課後の図書室はほとんど人がいないため、シンと静まり返っていて外の声がよく響いた。 楽しそうな声がする。 そう思った瞬間、窓の外を宝が誰かと笑いながら通って行った。 一瞬ではあったが、一緒にいたのはおそらくこの間まで文句を言っていた四賀 大成だ。 仲良くなったのか? 同じ陸上部に入ったのだから、仲良くなることにはなんの問題もない。 ただ・・ あの笑い声。 あれは宝の素だった。 この学校で、俺以外に素を見せれる奴が出来たのか・・? 完路は無意識に机の上においていた掌をグッと握りしめた。

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