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最終話
干していたシーツは陽の光をたくさん浴びてホカホカと暖かい。
完路はそれをベッドにセットして、綺麗に皺を伸ばした。
「わぁ、ありがとう完ちゃん」
宝がキッチンのある方からひょっこりと顔を出す。
「これで今日の寝床は心配ないね。そっちはどう?」
「もう終わる!俺の家、完ちゃんのとこと違って狭いから楽勝だよ!」
「じゃぁ、宝の方が終わったらどこか食べに出ようか」
「うん!」
宝は元気に返事をすると、ガサゴソと空き箱になった段ボールを畳み始めた。
来週には宝の大学の入学式がある。
それまでには生活できるようにと、完路が引っ越しの手伝いをしに来てくれた。
おかげで一日で全てが終わりそうだ。
ひと段落して外に出ると、オレンジ色の空が広がっている。陽が伸びるのもながくなったなと、完路は眩しそうに夕日を見上げた。隣では宝がぐぅぅとお腹を鳴らしている。
歩いて数分のところに地元にもあるチェーン店のファミレスがある。
二人は空腹もあって迷うことなくそこへ入ることにした。
「完ちゃんのところと入学式1日違いだよね?スーツもう買った?」
宝は目の前に運ばれてきたカレーライスをスプーンですくいながら聞く。
「うん。父親が・・見立ててくれるって言うから、先週買いに行った」
完路は頼んだトンカツ定食についてきた味噌汁を啜りながら答える。
「そうなんだ!どんなスーツ?!」
「別に普通だよ。紺色」
「紺色かぁ〜。まぁ完ちゃんなら何着てもかっこいいだろうしなぁ」
宝はそう言いながら大口を開けてカレーを食べる。
「宝は?スーツどうするの?」
「俺は入学式の前日に母さんが来るからその時に買おうかって」
「ギリギリじゃない?大丈夫?」
「まぁ大丈夫っしょ!東京は店多いし何かしらあるよ!」
「能天気だなぁ」
完路はフゥと息を吐きながらも目を細めて笑う。
あの日以来、父のマネージャーの門間広恵から完路の元へ時々連絡がくるようになった。
芸能界の仕事の誘いではなくなったが、槙野遼が会いたがっているので会ってあげてくれないか?というものだ。
広恵は自分が東京に来る理由に父を利用したことを知っている。
それなのにも関わらず連絡をしてくるのだから、よっぽと父の事が大切なのだなと完路は思わず感心した。
そして、良心がチクリと痛んだ。父は何も知らず、息子が会いにきてくれたことを喜んでいる。
父親が言った言葉、名前の由来。忘れたわけではないが、それでも昔よりは父へ向ける感情は柔らかくなった。
父がああいう人間だったから、自分はあの土地へ行き、宝に出会えたのだ。
そう思えば許せる気がして、完路は広恵からの要望に応えることにした。
会う回数を重ねるごとに、彼の仕事や考えを少しずつ理解していき、普通の親子とは言えないが、以前ほどぎこちなさは無くなってきている。
父とのわだかまりが多少解消されたことを宝に言うと、宝は嬉しそうに笑った。
おそらくきっと、宝は何も言わなかったが心配してくれていたことだろう。
それが一つ解消されただけでも東京に来た価値はあったと、完路は思っている。
ーーー
「はぁー!お腹いっぱい!」
宝がお腹をさすりながらお店の外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
四月は目の前だが夜の風はまだまだ寒い。
「宝、ちょっと薄着じゃない?大丈夫?」
完路が長袖のシャツ一枚の宝を見て言った。
「大丈夫大丈夫!荷物になると思ってダウンとか厚手の上着置いてきちゃったんだ。でもカーディガンは持ってきたから!」
そう言って背負っていたリュックの中をガサゴソと探る。しかし見当たらないらしく、探していた手を止めるとリュックを再び背負い直した。
「部屋に置いてきたかも。でも大丈夫だから!もうすぐそこだし!」
宝の家は今歩いているところから少し先の角を曲がったところだ。
完路はフゥと息を吐くと「じゃあ急ごう」と言って歩くスピードを早めた。
家に着くと二人はそれぞれ靴を脱ぎ、手を洗って片付いたリビングに腰を落ち着ける。
今日からここが自分だけの家になるのかと、宝は天井を見上げてふと思った。
東京の大学を受験すると決めた時、両親は特に反対はしなかった。
やっと目標を持って進み始めたことにむしろ安心しているようだった。
東京は地元の大学の数とは比べ物にならないほど多い。
選択肢に入れていなかっただけで、調べてみると魅力的なものがたくさんあった。
自然と興味惹かれる学部も見つかり、宝は合格目指して猛勉強した。
「宝は目標があると頑張れるよね。大丈夫。宝ならできるよ」
それは受験までの間、時々連絡をくれる完路が言った言葉だ。
確かに昔から『これだ』と決めたものがあれば頑張れた。
そしてその原動力をくれるのは、昔から完路の存在だ。
完路が「頑張れ」と言ってくれれば頑張れる。
そのことを思い出した時、自分はずっと昔から完路のことが好きだったのだと改めて気がついた。
ーー
「・・じゃぁ、俺そろそろ帰るから」
手伝いのために持ってきた軍手などを自分の鞄にしまうと完路はゆっくり立ち上がろうとした。
宝はハッとしてその腕を掴む。
「まっ!待って!」
「わっ・・」
腕を掴まれた完路はガクッと片膝をついてもう一度座り込んだ。
「どうしたの?宝」
「あ、あのさ、もうちょっと・・いてほしいなぁ、なんて・・」
「え・・」
恥ずかしそうに下を向いて言う宝を完路は見つめる。
あの夏の日から、七ヶ月。
バタバタと慌ただしい日々が続き、なかなか二人でゆっくりとする時間は取れないできた。
お互いの気持ちはわかっているはずだが、どうしても親友以上の雰囲気を出すのは照れがあって難しい。
それでもやっと、ここまで来れた。
完路の隣に。
宝はゴクリと喉を鳴らすと、勢いよく完路の頬にキスをした。
そしてすぐさま恥ずかしそうにパッと元の位置に戻る。
完路は目を丸くして触れられた頬を手でなぞった。
「・・宝?」
「だって、やっと完ちゃんの近くに来れたんだし、もう少し一緒にいたいじゃん?俺達、その・・恋人なんだから」
宝は真っ赤になりながら自身の手をモジモジといじる。
完路はふっと口元を緩めると優しく宝を包み込むように抱きしめた。
「宝・・せっかく綺麗にしたベッド・・使っていい?」
「っ!・・・もちろん・・」
耳元で聞こえた完路の優しい声色に、宝は目をつぶって答えた。
ーー
先程完路が丁寧に伸ばしたシーツは、二人の身体の擦れる音に合わせて皺を増やしていく。
それでもなるべく汚さないようにと、完路が気を使ってくれているのが宝にはわかった。
「かんちゃん・・っ・・だいじょぅぶ・・だから」
「ダメ・・今日は、ゆっくり・・」
そう言ってうつ伏せでシーツにしがみつく宝の肩に、啄むように完路が口付ける。
ちゅっちゅっと小さなリップ音がするたび宝はくすぐったくてビクッと体を震わせた。
「宝・・動くね・・」
「っ・・ぅん・・」
その返事を合図に、完路は宝の暖かな部分に収まっている自身にググッと力を入れる。
それからゆっくりと完路の形に慣らしていくように、宝の中を満たしていく。
「ぁ・・ぅう・・」
後ろから包まれるように完路に抱きすくめられ、宝はじんわりと与えられる快感に声を漏らした。
次第に完路も興奮してきたのか動きが激しくなっていく。
「っつ・・・はぁ・・たから・・」
「あっ・・!ぅん・・あぁ!やぁ・・」
背後から激しく突き上げられ宝は大きな喘声をあげる。
すると後ろから完路の掌がスッと伸びてきて宝の口を塞いだ。
「宝・・声、隣に聞こえるかもしれない・・から」
「ふ、ふぐ・・ぅぅ〜・・」
そう言うならもう少し優しくしてほしい。そんな気持ちで完路を見上げようとしたが、すぐにまたズンと重い快感が宝を襲いビクビクっと身体が震えた。
「ぁ・・ぅん・・・ふ・・」
「はぁ・・たか、ら・・」
耳元に完路の吐息がかかる。
それも次第に動きと共に激しさを増していく。
完路の身体が一瞬びくりと固まったかと思った瞬間、熱いものが宝の中に注がれるのを感じた。
「あっ・・」
その熱さに導かれるように宝自身も弾ける。
「・・宝」
完路は自身を宝の中からゆっくり抜くと、宝の背中や肩を舐めるように唇を這わせた。
「ぅ、うん・・かんちゃ・・」
宝はぼんやりとした瞳で完路を横目で見つめる。
やっと・・東京にこれた。
目の前に完ちゃんがいる。それだけでこんなに暖かな気持ちになれるんだ。
宝はくるりと身体の向きを変えると、両手で完路の首をぎゅっと抱きしめた。
ーー
「俺ね、転校する前・・一度だけ宝の家に行こうとしたことがあったんだ」
シャワーを浴びて、改めて服を着直した完路が宝の横に寝転びながら言った。
「えっ?いつ頃?」
「高一の冬休み」
「・・冬休み?」
「そう。まだ転校するって決心がついてなかった時。宝の顔を見て決めようと思って宝の家に行ったんだよね・・」
「・・・」
「そしたらさ、おばさんが『宝は今日家にいない。お友達のところに泊まりに行ってるよ』って」
「・・あっ・・・」
そこまで聞いて宝は気づいた。
初めて四賀と身体を重ねた日のことだ。
「それでね、もう宝は本当にあいつのものになってしまったんだって思って。もう宝は絶対に俺の元には帰ってこないんだって思って、転校する決心がついたんだよね」
「・・ごめん・・・」
宝はしゅんとした表情で謝る。
「別に宝が謝ることじゃないよ。俺が勝手にショックを受けただけ。それに・・」
完路は身体を起き上がらせると、寝ている宝の上に馬乗りになった。
「そう思っていたけど、こうやって宝は俺のところに帰ってきてくれた」
そう言うと完路はそっと宝の唇に口付ける。
宝は少し頬を赤らめながら言った。
「・・うん。俺、ずっと完ちゃんのこと特別だったのに、その特別の意味に全然気づけてなかったんだ。だから、遅くなった。すごい遠回りした・・四賀にも迷惑かけちゃった・・」
宝は完路を見上げると、腕を伸ばして完路の首元に抱きついた。
「だから、これからはしっかりと自分の気持ちを自分自身で確認して生きていく。下手に自分を偽ったりしない」
「・・俺はね、宝。どんな宝でも大好きだよ。いつもの明るくて無鉄砲な宝も、俺の真似してクールなふりしていた宝も」
「えー!かなり無理があったよね、あの頃の俺!?」
「そんなことないよ。どんな宝でも宝は俺の太陽だった。どんな形をしていても明るく照らしくれる・・形が変わっても俺の好きな宝は変わらない」
「・・ぇえぇー、ちょっと完ちゃん!照れること言わないでよー!」
「本当だよ」
完路はそう言ってクスリと笑うと宝のおでこにチュッとキスをして再び寝転んだ。
宝が横目で見ると完路は幸せそうに瞼を閉じる。
(眠そうだな・・いっぱい手伝ってもらったもんな)
宝は完路の上に毛布をズルズルと引っ張ってかけるとポンポンと身体を優しく叩いた。
ー太陽、か。
それを言うなら完ちゃん、完ちゃんこそ俺の太陽だったよ。
いつも柔らかくて暖かな日差しをくれる、優しい太陽。
きっと俺とは全然違う形をした太陽。
二人でこれからもお互いを照らしあえていけたらいいな。
宝はもぞもぞと毛布の中に入ると、ぎゅっと完路に抱きついた。
「ぅうん・・」
すでに完路は半分寝かけている。
「暖かい・・」
宝も完路の温もりを感じながらゆっくりと瞼を閉じて、夢の中へと落ちていった。
・・・終
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