31 / 32

第17話

卒業式を祝うように満開の桜がふわふわと揺れている。 「へっくし!」 そんな中、宝は季節の変わり目のせいかくしゃみをして鼻を啜った。 「なんだかんだあっという間だったな」 鼻を啜る宝の隣で四賀は両手を頭の上で組みながら空を見上げる。 式を終えて、それぞれが校門へ向かう道で好きなように写真を撮りながら、談笑している。 宝と四賀も陸上部の後輩に呼び止められ写真を撮った。 花束を渡させれて、改めて卒業したのだという実感が湧き少し目頭が熱くなる。 「宝はもうこのまま帰るのか?」 「うん、母さん達が家でご馳走の用意してくれるっていうし」 用事を済ませた二人は校門の方へ向かって歩き始めた。 「いいねぇご馳走。俺の家は仕事だぜ?」 「そうなの?!じゃぁ俺の家で一緒に祝う?」 「同情いらねーから。それに・・」 そこまで言って、四賀が前方を見ながら足を止めた。 宝もつられて止まる。そして目の前にいる人物を見て「あっ・・」と小さな声を漏らした。 「・・本当にここまで来たのかよ・・」 四賀が頭を掻きながら眉間に皺を寄せた。 「当たり前でしょ。大成の晴れ姿、見ておいてっておばさんに言われてたから」 目の前に三角がクスクスと笑いながら立っていた。 「だからって、わざわざ京都から来るかよ」 「ちょうど大学は春休み中なんだよ。それに、大成の引っ越し準備とか手伝うことは沢山あるでしょ?ちょうどいいじゃない」 ハァとため息をついて四賀が不貞腐れたように下を向く。 そんな四賀の様子を見ながら楽しそうにしている三角が宝の方へ目を向けた。 「こんにちわ、和泉君。卒業おめでとう」 三角は宝へニコリと笑いかける。 「あっ、はい。あの、ありがとうございます」 「和泉君、大人になったね。一年生の頃はもっと可愛い感じだったけど」 「えっ!あっ、えっと・・」 宝がなんと言っていいか分からずしどろもどろになっていると、四賀がぐいっと一歩前へでた。 「可愛いって言われてもこいつは喜ばねーよ」 「あはは、そっか、ごめんごめん」 「あっ、いえ・・」 二年ぶりに見る三角は、以前よりもさらに綺麗で儚そうに見える。 十代の幼さが完全に消えて、大人の色気でも出ているのだろうか・・ そんなことをぼぅっと考えていると、三角は再び宝に微笑みながら話しかけてきた。 「和泉君、3年間大成と仲良くしてくれてありがとう。正直、入学前は大成が高校でちゃんとやっていけるかずっと心配だったんだ。でも君と仲良くなって、大成が本来の姿で楽しそうにしているのを見れて嬉しかった」 「・・・」 「和泉君?」 「あっ・・いえ、そんな・・こちらこそ」 宝は慌てて両手を振る。 「おい、だから保護者面するなよ!」 四賀が三角を睨みつけながら、肘で三角の腕を小突く。 そんな二人の様子を見て宝は思った。 今の言葉でなんとなくわかった。 四賀にとって、なぜ三角が特別なのかが。 そしてきっと、四賀にとって三角が特別なように、三角にとっても四賀は特別な存在なのだろう。 生まれた時からずっと一緒にいる、二人だけにしか作れない距離感。 あまりにも近すぎて、簡単な感情では片付けらないまま、お互いを思ってきたのだろう。 「・・・」 宝がジッと黙っていると、四賀が不審そうに聞いてきた。 「どうしたんだよ宝。大丈夫か?」 「・・三角先輩」 宝は四賀の方は見ずに三角へ視線を向ける。 「うん?」 「俺、四賀のこと、すごく好きでした。四賀にはたくさん助けてもらって。四賀がいたから3年間 やってこれました」 「・・・」 「・・宝?」 三角は黙って聞いているが、四賀は何を言うのか不安そうに宝を見つめる。 「でも、俺じゃ四賀の全部を見ることはできなかった。四賀の本当の姿を知ってるのはきっと三角先輩だけですよね?」 「・・・」 「だから、これからは・・従兄弟ごっこから少し飛び出してみてもいいんじゃないですか?」 「・・えっ」 三角は小さな口を少し開けて驚きの声をあげる。 「なんて、言うのは簡単ですけど・・」 そう言って宝はペロリと小さな舌を出した。 「俺、二人のこと応援してます!四賀はいい奴だから!三角先輩よろしくお願いしますね!!」 宝はそう言うとパッと大股を開けて二人の前へ飛び出た。 「そんじゃ、四賀!本当に本当にありがとうな!!京都でも元気でやれよ!」 宝は大きく手を振ると校門の方へ振り返り、ビュと風を切って走って行く。 そんな宝の後ろ姿を四賀と三角は呆然と見守った。 宝が校門を出て姿が見えなくなったところで三角が口を開く。 「和泉君って、あんな感じの子だったんだ」 「・・あぁ、俺とおんなじだよ。性格偽って高校デビュー目指してた」 「ふふ。大成が高校デビューって」 三角は可笑しそうにクスクスと笑う。 「それで、高校デビュー成功した?」 「まぁ、あいつと知り合えたんだから成功だったのかな・・」 「・・・そっか」 三角はふっと微笑む。 「いいな、和泉君は。大成と従兄弟じゃなくて」 「えっ・・」 「従兄弟ってだけで、色々制約できちゃうでしょ」 「・・・」 四賀は三角をジッと見つめる。 「・・まぁ、でも。これから俺達二人ここを離れて京都だし。従兄弟ごっこ、やめてもいいのかもね・・」 「・・樹、何言って・・」 「はは!なんてね!ほら!俺達もそろそろ帰ろ!俺の家で大成の卒業パーティしてくれるって!」 そう言って三角はぐいぐいと四賀の背中を押していく。 四賀は宝に言った『友情ごっこ』と言う言葉を思い出した。 あぁ、そう言うことか・・ 四賀は背中を押す三角の手をグイッとひっぱる。 「うわぁ、何!?」 驚いた三角は目を丸くして四賀の方へ視線を向けた。 「樹、京都では俺、お前のこと従兄弟って思わないから」 「・・・」 「だから樹も、俺を従兄弟としてじゃなくて、四賀大成っていう人間として・・子ども扱いしないでちゃんと一人の人間として見てほしい・・」 四賀の真剣な眼差しが三角に向けられる。 三角は一瞬ゴクリと喉を鳴らすと 「・・・うん」 と小さく頷いた。 ずっと、『従兄弟』という言葉が邪魔だった。 けど、その言葉で守ってきたものもある。 大切なものを壊さないように、崩さないように。 だけどそろそろ、もういいだろうか。 もうすぐ俺達は大人になる。 覚悟を持って・・それを崩す準備をしても・・ 先程駆けて行った友人の背中を思い出しながら、これから先の未来がお互いに明るいものになりますようにと、四賀は思った。

ともだちにシェアしよう!