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第42話
スマホを耳に当てる結月のもう片方の耳に、
「そのまま、適当にLINEと話し合わせて家に誘導して」
こっそり穂高は結月に耳打ちした。
「史哉さん、会いたいです。辛いです。悲しいです。ごめんなさい」
棒読みだが、逆に悲壮感を現していて、よしよし、と穂高は何度も頷く。
結月の最後の、ごめんなさい、は実は、嘘をついてごめんなさい、の意味だ。
「....謝らなくっていいよ、結月。僕でよかったら話しも聞くし、穂高もぶん殴ってやるから、待ってて」
「....来てくれますか?」
「うん。穂高に覚悟しといてね、て言っといて。逃げ出さないように見張ってて。僕がぎゃふんと言わせてあげるから」
「.....はい。ありがとう...ございます」
呆然となりながら、史哉が電話を切るまで結月はスマホを耳に当てている。
「どうした?結月」
結月は即座に穂高にしがみついた。
「どうしよう!穂高先生を殴るって!」
「俺を!?なんで」
「わ、わかんない、でも、来てくれるみたい....」
「まあ...殴られるの覚悟で待つか、なんだかわからないけど」
それから約二時間後。
「穂高ー!!!」
言葉通り、史哉が勇み足で穂高と結月の家を訪れた。
「呆れたよ!穂高!結月が流産したんなら、癒してあげるべき!」
背後の拓磨が穂高に噛みついている史哉を制止する。
「史哉、落ち着けよ」
「そうだ、落ち着けよ、史哉。結月のお腹の子供は順調だ」
平然とソファに座ったまま穂高が割って入るなり、へ?と史哉は拍子抜けし、隣に座る結月を見る。
かなり目立ってきているお腹を抱え、結月は手を合わせ、ごめんなさい、と頭を下げ、謝った。
「....どういうこと?」
「お前を呼び出す為に考えた、結月の嘘」
「結月....」
史哉の怒りが結月に変わり始める中、
「しかし、結月、頭がいいな。あの文章、まんまと騙されたよ」
「感心しないで!拓磨!」
史哉が拓磨を睨む。
とりあえず、テーブルを挟み、穂高と結月と並ぶ、正面のソファに史哉と拓磨は腰掛けた。
「で、なんだ、お前ら、ラブホテルを転々として何やってんの?」
長い脚を組み、腕を組み、今度は穂高が史哉と拓磨を睨みつける。
「なに、て、ナニだよ」
「言わなくていい!遊び回ってんのか、逃げ回ってんのか知らないけど、史哉の親、心配して俺に掛けて来たんだぞ」
穂高が強い口調で2人に言い聞かせた。
「それは史哉の親が穂高と史哉がやり直して欲しい、口実だろ?」
「なに言ってんだ?お前。俺には結月がいる。お前にも史哉がいるんじゃないのか?」
穂高の言葉に拓磨は奥歯を噛み締めた。
「....正直、怖いんだ。穂高に俺は勝てるのか、て....」
「俺に...?俺になんの勝負があるんだ?」
結月は気を遣い、
「お茶、煎れてきますね」
「いい。結月も座ってて」
穂高に促され、立ち上がり掛けていた結月は再び座った。
「....俺の家の権力と穂高の家とじゃ程遠い」
「だからなんだ?親の権力なだけで、俺の権力じゃない」
「権力者の息子だから言えるんだよ!」
拓磨が穂高を怒鳴りつけるように声を荒らげた。
「....権力なんかより、俺と結月を見たらどうだ?14と23。出会った頃は結月はまだ13だった。それでも、俺は認めて貰った。認めて貰えないなら、別の手段で結月と暮らそうと考えてた」
拓磨は何も言い返せなくなった。
「なに、ビビってんだ?親の顔色を気にするな。お前が大事なのは史哉の親に認めて貰うことか?史哉が好きなら、史哉を大事にする、それが大事で充分なんじゃないか?」
「....確かに穂高の言う通りだ。史哉は俺が守る、そう決めたのに」
固唾を呑んで見守っていた史哉に拓磨が声を掛けた。
「俺にチャンスをくれないか?いや、違うな....」
膝にある史哉の手を握った。
「俺のものになってくれないか。史哉。お前を愛してる」
無表情のまま、ぼんやり、拓磨の瞳を眺めていた史哉だったが、不意に顔色を変えず、パッチリ開いた瞳から、大粒の涙がコロコロと頬を転がっていく。
幼い頃から知る穂高は見たことのない、史哉の涙だったが、史哉の心を開かせた拓磨を思い、自分まで嬉しくなった。
ふと、隣の結月を見ると、唇を噛み締め、もらい泣きしている。思わず、穂高はそんな結月を見て笑い、結月の頭を撫でた。
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