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第110話
翌日。
咲夜は明らかに不機嫌だった。
穂高にも咲夜にも良く似た、奥二重の切れ長の眼差しは真っ直ぐ、前を見据え、口は真一文字に閉じている。
赤ん坊とは思えない迫力だった。
「咲夜、ほら、お腹空いてるだろう?」
哺乳瓶を口元に寄せると、咲夜は小さな手で振り払う。
「ごめん、咲夜。悪かったよ。つい、確かめたくて...君があの咲夜かどうか。機嫌直して、ほら」
口元に再度、哺乳瓶を当てるが、咲夜は変わらず振り払う。
繰り返しだった。
結月は深いため息をついた。
咲夜としては、昔の結月、和樹に未だ会えていないと言うのに、思い出深い、昔の絵画を結月の思惑で見せつけられて、機嫌を損ねるのも無理はない。
「あら?どうしたの?結月くん」
起き抜けの拓磨の母が覗き込んできた。
「あ、その...咲夜が機嫌が悪くって、ミルクを飲んでくれなくって...」
「そうなの?あらあら」
拓磨の母は咲夜を抱くと、優しい眼差しで咲夜を見つめ、結月から渡された哺乳瓶を咲夜の口元に当てた。
途端、哺乳瓶に小さな手を添え、目を開き、夢中でミルクを飲み始める咲夜に、拓磨の母は笑った。
「哺乳瓶を離さない勢いね、随分、お腹が空いていたみたいね」
「...僕には全然だったのに...」
肩を落とす結月に拓磨の母がふわり、笑った。
「子供はそんなものよ。自分の思うようにいかないこともあるわ」
「...はい」
「心配しなくても、根気をつけて、愛情を持って接し続けていれば大丈夫よ。結月くんもお腹が空いたでしょう?すぐに朝食の支度しなくちゃね」
「て、手伝います」
「結月くんはゆっくりしてて、慣れない育児は疲れるでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
不意にリビングのドアが開いた。
「あら、あなた。朝から出かけていたの?」
「ああ、どうも、パンが食べたくなってな。結月くん、おはよう」
「お、おはようございます」
拓磨の父に結月はぺこり、頭を下げた。
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