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第112話

結月はソファに座り、咲夜を膝に乗せ、始めて、絵本の読み聞かせをする事にした。 「どれにしようかなあ...」 結月が手にした絵本の、『うさぎのパン屋さん』というタイトルの文字を目にし、咲夜は顔を顰め、逃げ腰になった。 「こら、落ちちゃうよ、咲夜。うさぎはとってもパンがすきです。きんじょにすむ、しかやかえる、きつねのともだちと...」 咲夜に見えるように読み聞かせを始めたが、咲夜は絵本の文字に小さな人差し指を置いた。 「ん?む?」 咲夜は絵本から文字を探し、指が移動する。 「か、つ、く、...むかつく?」 振り向きざま、咲夜がギロッと睨みつけた。 はあ、と結月はため息をついた。 「まだ怒ってるの?咲夜。いい加減、機嫌直してよ」 再び、咲夜は目を執拗に動かし、文字を探し、人差し指で文字を指差した。 「む、り、無理?」 再び、結月を振り向き、結月を見上げる強い眼差し。 「...昔の咲夜はもう少し、聞き分け良かった気するのになあ、あ、違うか。出会って暫くはこんな感じだったっけ。あの頃の僕が倒れなかったら、君とも付き合っては無かったんだろうね」 う、と咲夜の動きが止まる。 「穂高先生だって、来世の自分がしっかりしてない、て君は思うのかもしれないけど。穂高先生は頑張ってると思うよ。君も言葉が伝わらなくて、歯がゆいかもしれないけど、それは、僕や穂高先生を思う、みんな同じ。もしかしたら、穂高先生が一番、歯がゆいかもしれない。わからないけどね」 暫くの間が空いた。 「...寂しい、会いたいよ、穂高先生...僕、どうしたら...こんな時、穂高先生がいてくれたら...」 結月は咲夜を抱いたまま、泣きそうになっていた。 ぐい、と咲夜の小さな手が結月の胸元を掴む。 「...なに?まだ言い足りないの?」 咲夜が絵本から懸命に文字を探し、指で辿る。 「ご、め、ん?...ごめん?」 結月の膝の上でしゅん、とする咲夜がいた。 結月は微笑み、同じように絵本から文字を探し、指で辿る。 「あ、り、が、と、う」 微笑む小さな咲夜を結月は覗き込み、抱き締めた。

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