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第19話

 なにしろ焦らされた。堪らなくいいところをなんども突かれた。それなのに昇りつめていき、最後を迎えたくて濡れた陰部で彼のもの絞りこもうといっそう腰を捩りはじめると、彼はその瞬間にするっと腰を引いて逃げ、神野の高揚感をはぐらかせたのだ。いつもならそのまま天にも昇れるような心地でイかせてくれるのに。  そしてまるで自分の快楽だけを求めるように自由奔放に腰を振った篠山は、失意に神野の気が逸れはじめたタイミングを見計らって、また神野のいいところを揶揄うように突いてきた。そしてやはり神野が昇りつめかけると、身体を引いたのだ。 (射精させもらえない)  それはその前まで指でされていたこととおなじだった。  そんな意地悪だと思えた行為がなんどもなんども繰りかえされたあたりで、神野はやっとこのセックスが、篠山自身が満足と愉悦を貪るためのものなのだと気がついたのだ。  その証拠に昨夜の篠山は滅多に聞くことのなかった甘い吐息を、なんども零していた。神野はその声に噛みあわせがじんじんと痛むくらいに、ひどく感じてしまったのだ。 (篠山さんっ、篠山さんっ――)  彼の吐息が胸を震わせた。心の中、彼の名まえを呼ぶと、腹のなかがきゅんきゅんした。  それでも彼の好んで打ちつける位置では自分にはもの足りず、ペニスの戒めが解かれてもなかなか吐きだすことができず――。  たまにおこぼれが落ちてくるみたいにして、気持ちいいところに彼があたっても、それは気のすむまでは与えては貰えなくて……。 (あああぁーっ、いま思い返しても、狂おしい) 「あっ」  カチャン!  コンクリの床に製品を落としてしまい、金属特有の高い音が立つ。身震いした拍子に手から滑り落ちたのだ。手のひらサイズの小さなパネルを拾いながら、これが大きなものだったら怪我をしていたかもしれないと、ひやっとした。   ――いっぱい気持ちよくしてやるから。  ふと、はじめて彼に抱かれた日の、彼が自分に云った言葉が蘇った。  てっきりいままで篠山に好き勝手に身体を弄ばれていると思っていたのだが、それは思い違いだったらしい。彼ははじめてのセックスの時からずっと、自分の身体を労わってくれていて、こちらが気持ちよくなるように優先してくれていたのだろう。あの日の約束を、彼はずっと昨日まで律儀に守ってくれていたのだ。  (だったら、なんで……)  自分が生きているうちは、いっぱい気持ちよくしてくれると云っていたのにと、神野は唇を尖らせた。  昨夜、自分の身体は力なくシーツのうえを滑っているだけだった。肉体的にも精神的にもつらくて、解放してくれないのなら、いっそやめてくれと心の中ではなんども彼を(なじ)ってしまった。しかし自分の意志に反して淫乱なペニスは、ずっと体液を零しながら強く芯をもちつづけていて。そのうちいつまで経ってもイかせてもらえない非情なセックスに感情が麻痺してしきた。心と反する身体にも、やさしくない彼にも腹が立ち、やるせなくて、感情が迸った。  このひとにはやさしくされていたい。 (自分は、いままでこのひとに甘やかされてだけいたんだ……)  篠山に拾われて来たときからずっと、彼に甘やかされていた。こんなひどい扱いをされてはじめてそのことを認識したのだ。途端、――いまこの瞬間に彼に甘やかされたい――という気持ちが、自分の中で激しく渦巻いた。  彼に丁寧に扱われているという自覚のもと、改めて彼にやさしくされたいと思ったのだ。 (寂しい……。いつもみたいに抱いてほしい)  大阪のホテルのベッドで、篠山に背中を守られるようにして眠った日からずっと、神野は彼の体温とたばこの匂いに安心させられてきた。  篠山に背中を抱きしめてもらって眠るときのことを想うと、この接合部以外はどこも触れることのないセックスが、神野には悲しくて悲しくてしかがない。  篠山の肌の温もりをもっとしっかり感じたい。たったいま自分の背中全部を彼に預けてしまいたい。せめて、さっきのように頭くらいは撫でてほしい。  すると切望する心の声が聞こえたのか、背中に篠山が覆いかぶさってきた。広い胸にすっぽり包まれて「ふぇっ」と涙を零した。ほっとすると同時に、耳を齧られてびっくりもする。  一気に熱をもった耳をそのまましゃぶるようにされて、全身に電流が走り抜けた。もうなんど目かわからない射精感が、そしてまた募っていった。  一突きでいい、いつものようにあの場所を突いてくれたら、自分は解放される。  伸し掛かられて息苦しくはあったが、彼のこの温もりに包まれたいまの瞬間に達してしまえば、それはなによりも多幸感をもたらせてくれそうなのに。 (やぁっ、してっ、してぇっ)  彼の重い身体のしたで、醜くも欲して懸命に腰を振ってしまったのだが、しかしそれでも叶わなかった。それから神野は抱き起されると、篠山の膝のうえに乗せられた。 「ひゃぁっ⁉」   はじめての体勢に驚きはしたものの、やっと望んでいた彼の胸に凭れることはできて、そのときはうれしかった。胸に芽生えた甘やかな気持ちが、ぞくりとした官能にかわり、また一雫、ペニスのさきからとろりと体液が零れ落ちてしまうくらいに。 「あぁああ……」   ただその体勢でもうまく彼のペニスを絞りこめなく、神野は焦れる空隙を持て余す。「くふん」と鼻を鳴らして尻を蠢かせ、自らいいところにあてようとすれば彼と身体が離れてしまう。 (いやだ、離れたくない。少しでもたくさんくっついていたい)  どうしたらいいのかわからない。 「篠山さん……、ぃやだ……、いやだ……」  篠山に全身を覆われながらぐずぐずに熔かされたいのに、背中の空間が悲しかった。  しかしそのとき下から緩く突きあげられ、びくっと大きく背中を逸らすと、肩が偶然彼の鎖骨にぶつかったのだ。 「あっ」  これで篠山の温もりを少しでも感じられる。縋るような気持ちで神野は肩をそこに残して瞳をとじた。 「ああ…‥あっ、あぁ…‥‥」 (でもこれじゃ……)  漏れる声は気持ちよくてでるものではなく、焦れ抑えられないヒステリックなものだ。  とんとんとリズムを刻んで下から穿ってくる篠山にはそれでいいのかもしれないが、これでは自分にはぬるくて苦しさがつづくばかりで、彼の腕を引っ掻いて不満を表したが、もちろんそんなことをしても彼には伝わらなくて。なんて意地悪だと歯咬みした。  そして自分が楽になろうとするならば、もうこれしかないと。神野は戸惑いながらも自分のペニスに手をかけた。 「はあんっ……」  そのときに、じんとそこを中心にして波紋のように広がった快感はすさまじく、ペニスのさきが蕩けてしまいそうなほどで。 「あぁぁ……あぁぁ……」  篠山の膝のうえ、体内に彼のものを感じながらペニスを握ると堪らなくよくて。もっとはやくこうすればよかったと後悔した。もうこの際羞恥心なんて、どこへでも捨ててしまえる。それから神野はちいさな舌なめずりをひとつすると、拙い仕草で自らを慰撫しつづけたのだ。                   *  午後の仕事も間もなく終わりを迎えるころには、神野はひと気のない工場の出入り口で、ひとりで荷造りをしていた。  結局一日中卑猥な内容で頭をいっぱいにしていた。身体の局部に異常をきたしそうなほどだった。誰かにバレはしないかと、神経をすり減らしながら働いていたので、工場の隅っこで行う梱包を任されたときはどれだけほっとしたことか。そしてここにきてやっと猛省中だ。  背中を向けていたとはいえ、彼のまえで(彼の膝のうえでだ!)、脚を開いて自分のものをはしたなく擦りあげてしまうだなんて、なんてみっともない。  最後はそれまでの意地悪が嘘だったかのように、篠山は神野の気持ちを汲んでくれ、自分の身体を俯せにして腰をあげると、ぴったり繋がる体位をとってくれた。その瞬間に安心してしまい、涙がころがり落ちてしまったほどだ。  しかもやっといかせてもらったあとには、さんざん焦らされた悔やしさや腹立たしさも相まって、なんと自分は、際限なく彼に「もっと突いて」と尻を振って強請り倒したのだ。

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