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第45話

 よし、いまから自分は近藤だと気合をいれなおす。いくら部屋を暗くしても、近藤と違いすぎる体型だけはどうしようもできないが、そこは贅沢なことは云わずに篠山が我慢すればいい。目のまえに想い人のかわりに抱ける肉体があるだけでもよしとしてくれ、だ。 「なぁに? そんな健気なこと云うの?」  ふたたび抱きこまれシーツのうえに組み敷かれた。決意を新たに目を瞑った神野は、愉しそうに響くその声に少しだけ悲しくなる。 「ちょっと俺、今日はほんとに手加減してやれないけど、それでもいいか?」  激しい動悸のせいでもはや気が遠くなりかけながら、神山は首を縦に振った。暗くても肌が密接している彼には、これでも伝わるはずだ。果せるかな彼はぎゅっと神野を抱きしめてきた。  もうずっとこの体温を感じられる距離に近づけずにいた。あんなに会いたくて抱きしめてもらいたかった彼が、今こうしてくれている。  呼吸が乱れ、目を瞑っているのに眩暈がしているみたいに頭の中がぐるぐる揺れる。  のっけからボトムの中を滾らせていたので、とっくに尻のほうもぐずぐずだ。シーツの上、自然に腰が揺れてしまっていた。  両脇に添えられていた彼の手がするりと腰へ滑りおりてくると、触れられてもいない胸の突起がつんとたった。 「痛っ!」  口づけもはじめてなら、そんなふうに素肌を撫でおろされたのもはじめのことで、たったそれだけのことで胸のさきがきりきりと痛むことに驚く。  するっと衣服をずり下ろされると、ペニスがぶるんと飛びだした。開放感にほっと息を吐く。羞恥よりも性欲のほうが勝ると感じた瞬間だった。  薄い皮膚を舐められ、吸われる。  篠山が自分のあちこちにキスしてくれる。  切望してやまなかった、遼太郎がされていたようなセックス。  想像したとおり、彼に愛されていると感じられるセックス。  食まれるうちに、肌がどんどん過敏になっていき、どこもかしこもが、ちりちりと痛む。性器に触れられていなくても、こんなに気持ちよくなれるだなんて。  気持ちいいだけでなかった。彼の唇が振れたところから、彼の情がどんどん沁みこんでくるようで、それがうれしくてたまらない。満ち溢れる多幸感だけで、極めてしまいそうになる。  好き、好き、篠山さん好き。  でも、いまの自分は、彼にとっては彼の想い人だ。身体を愛されても、決して自分が愛されているとはき違えてはいけない。まちがってしまうと、あとで惨めな思いをするはめになる。 「んっ……んっ…‥」  篠山は手加減できないと云っていたくせに、なかなか体内に挿ってこない。熱心に神野の身体を弄り口づけてばかりの彼は、まるで挿入行為なんて忘れているかのようだ。  きっと好きな相手とするセックスとは、こういうものなのだろう。挿れて出すいかにも性欲処理のものとは違うのだ。だとしたら、いま自分は彼の中でうまく近藤のかわりを務められているのかもしれない。それなら、よかった。 (あぁっ、あっ)  肩筋を吸われてびくんと胸を逸らす。漏れそうになった声に慌てて両手で口を塞いだ。  声をだしてはいけない。自分の声はあのやわらかい近藤の声とは違いすぎるのだから。これで篠山の興が冷めてしまえば、今夜自分がここでこうしている意味がなくなる。神野は口を抑える指さきに力をこめた。 (ああ…ああっ…)  (あばら)に沿って肉を撫であげられ、びくびくと震える。肌をあちこち啄まれるたびに、屹立するペニスの鈴口からとろり、とろりと粘液が溢れていた。竿に沿ってつぅっと滴る粘液が擽ったくて、身を捩る。 (ひゃぁんっ、やっ、胸っ、やっ、)  右の乳首を抓まれ左のほうは舐め上げられた。そろそろ我慢も限界だ。そもそも下着を脱ぐ前から神野の身体はとっくに準備が整っていた。ずうっとそこが彼を欲してヒクついているのだ。はやく彼に体内を擦って欲しい、彼のペニスを思いきりしめつけたい。 「どうしたんだ? 手、放して。いつもみたいに声だしたらいいから」 「ふっ……、んんんっ……」 (やっ、もういいっ! 舐めなくていいからっ!)    彼ははやく性器を挿れてしまいたいと思わないのだろうか。むしろ自分のほうが耐えられない、いますぐどうにかして欲しいのに。 (なんで? はやく……)  すでに意識は身体に施される口づけよりも、張りつめたペニスとせつなく蠢く尻の間に集中していた。 (もう我慢できないぃ)  手を伸ばして自分のものを握りしめようとした神野はふと思いつき、さきに篠山の股間をこっそりと触ってみた。布越し、彼のものがちゃんと腫れていることがわかって安堵する。もしこれが寝たままだったら、どれだけがっかりしたことか。挿ってくるのを想像し期待に唇を舐めた神野は、ふたたび胸に顔をうずめようとしていた篠山に、苦笑されて慌てて手を引っこめた。胸にかかる彼の熱い吐息が、ぞくっと背筋を反り返らせる。またとろっと雫が伝い落ちた。 「慌てるなよ、ちゃんと、やるからもう少し我慢しろって――」 「んんっ!」  ふたつの乳首を同時に抓られ、軽く達してしまう。 「そのほうが、楽しめるから」  はぁ、はぁ。  はぁ、はぁ。  彼の指に解放された乳首が、快感の尾をひいてじんじんしていた。 「……ふっ、ぅうっ」  篠山が身体をずらした拍子に、彼の腹を神野のペニスが押し返した。少し勢いをなくしたそれは、ニチャリと嫌な音とともにぬるっとした感触を伝えてくる。密着していた彼の腹から鎖骨のあたりまでを汚してしまって、申し訳なさに神野は両手で顔を覆った。 「って、……もしかして、いまのでイッたの?」  「……ひっく……うぅっ」  まだなにもされていないうちから、出てしまった。せめて指でもいいから、彼に挿れられて出したかったのに――。 「うっ、うっ……」 「よしよし。気にすんな」  嗚咽を漏らすと、そんな気持ちを寸分もわかってもいないくせに、篠山が頭を撫でてくる。腹も立ったがそのやさしい指先のせいで涙腺が決壊してしまう。 「うっうえっ……うえん、うっ」 「ど、どしたっ⁉ なんだ、そんなに恥ずかしかったのか? まだ若いんだから、そんなことで泣くなよ」  まだ若いといっても中学生じゃあるまいし、そんな慰めかたをされても恥ずかしさが増すだけだ。 「わ、わかった。じゃあ、もう乳首は吸わない。それでいいか?」 「……ひっく」  それは違った。すごく気持よかったので乳首は、また吸ってほしい。遠慮がちに首を横に振ると、ぼたぼた涙がシーツに零れていった。 「それともどこも触らないで、いつもみたいに挿れるだけだったらいいのか?」 「…………」  それも違う。篠山にはたくさん触れて欲いし、キスだって一回だけじゃいやだ。まだまだたくさんして欲しい。でも触るのもキスもぜんぶ、彼の太くて長いペニスで、中をずぶずぶに突かれながらがいいのだ。 (だから、そうじゃなくてっ!)  神野はぐいと涙を拭うと、気持ちを入れ替えようとする。なぜなら、今夜は違うのだから。今夜は目的があってここに来ているのだ。失恋でグダグダになっている篠山を、身を挺して慰めるために自分はここでこうしているのだ。  出会ってからずっとしてもらうばかりでなにも返せていなかった自分が、やっと彼に恩返しをするチャンスなのだ。  篠山に並ぶこともできず、恋することも叶わない。それならば彼が恋に、仕事につらいときには、片時だけでもいい、ほんの僅かでも自分が彼を支えられればいい。そのことで自分が、彼のなにかになれるのであれば、それはかけがえのない自分の幸せなのだから。  だから持っているもので篠山にはなにも敵わない神野は、今夜はせめてこの身体を使って、彼に気持ちを晴らしてほしいのだ。 (だから俺は近藤さんのかわりで! ちゃんと篠山さんを慰めなきゃ!) 「ぐすっ」

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