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第46話 

 それなのに自分が欲に溺れた挙句に、篠山に気を遣わせていては失敗じゃないか。 「うぅうっ……」  ぶわっと涙が膨れ上がった。 「わかった! じゃあ、ちょっと休憩だ。それでいいか?」    篠山に抱き起こされそうになって、慌てて彼の腕を抑えた神野は首を横に振った。だから自分なんかに、そんなに気を使わないでくれ。 「いえ、いいんです。大丈夫です」  きりっと口調を改める。 「わ、私のこと、――好きにしてください。篠山さんが、気もちよくなってくれたら……、それで……いい……」  すぐにそれはなし崩しになって、声は弱々しく消えていったのだが。 「殺し文句だな」  うれしそうに笑った篠山に、苦しいほど強く抱きしめられた。  それからやっと彼に大きく脚を広げられると、神野はいろんな意味でほっとした。ローションをまぶした丸みがめりっと体内に潜りこんできたときには、心地よくて長い吐息が漏れた。  久しぶりでも自分の身体はちゃんと彼の受け入れかたを覚えていて、腰を進めてきた篠山にあわせて上手にそれを呑みこんだ。 「あああああああ……」 (ああ。気持ちいい……) 「…………あんっ」  待ちわびていたそれが、一番奥に届いたときには、意識が飛びそうになったほどだ。やっとこうされて、どれだけ抱かれることに飢えていたのか思い知る。  まったく。篠山には好きにしてくれと云いつつ、きっとこの行為をより欲していたのは、自分ではないか。彼がさっき云った通りだ。 「ああっ……あぁ、あぁっ」  言葉は発しないと決めていたのに、そんなことはもうできはしない。神野の口からは、腰を振る篠山にあわせて、止めどない喘ぎ声が零れていった。  グチャグチャと接合部がたてる音や、ギシギシとベッドが軋む音が、行為の激しさと生々しさを伝えてきて、淫らな気持ちが深まっていく。  今夜はいままでと違って、篠山の心をとても近くに感じた。それは自分が彼を好きだと意識して抱かれているからなのか、それとも前戯があったからなのだろうか。  彼の体重を受けとめながらセックスは、お互いの肌が滑る。それはさっき自分が排泄した液体と、ふたりぶんの汗のせいだ。胸で温められた精液と汗が、淫靡な匂いを放っていた。それがひどくいやらしい。  突きあげられて直腸で感じる直接的な快感と、体中を駆け抜けていく間接的な快感がない混ぜになって、神野の身体は不随意に震え、ビクつき、そして腰は意識のもと大きく揺らめいていた。  夢中に腰を振っていた神野が、いつのまにか動きを止めていた篠山に気づくのには時間がかかった。 「――――んっう……んっ……んっ」  足りないと憤り、「ううんっ」と腰を揺すったあとにやっと気づいて、なんてはしたないことをしてしまったんだと硬直する。それでも身体は勝手にびくんびくんと震えていたが……。案の定、篠山に苦笑されてしまった。 (や、どうして動かないのっ⁉)  呼吸の合間に漏れてしまう喘ぎ声と、内部が彼のペニスを締めつけ蠢動するのはどうしようもなかったのだが。それでも気を抜くと蠢かしてしまいそうになる腰を、ベッドに押さえつけ、暗闇のなか目を凝らして篠山をみた。 (……なに?) 「身体がくっつくの、ちょっとは慣れたか?」  それを聞いて、あれだけ思うようにしていいと云ったのに、まだこの男は自分のことを気にかけているというのかと、もういっそ見くびられている気さえしてきた。 「私のことは、構わないでって――」 「じゃあ、ちょっとそのさきも練習しような」 「……え?」 「これ、どうだ?」 「やんっ」  左の乳首をつぶすように指で押されて、神野は腰を跳ねあげた。 「やあっ、ああああっ」  くりくりと乳首を弄られると、じゅくじゅくとそこから熟れていき、先が潰れてしまいそうな感じがした。 「やっ、やあぁっ! 取れ、取れてしまいますっ」 「あははははっ。取れない、取れない」  そのまま転がすように捏ねられたり、引っ張られたりすると、そこを中心に渦巻くような快感と、もうひとつ、乳首のさきっぽから足のつま先へと電流が走るような快感が同時におこり、気が狂ってしまいそなほどだった。足の指がぎゅうっと丸まる。 「あんあん」叫びながら、びくんびくんと痙攣する神野の反応をよしとしたのか、篠山はつづけて反対のほうの乳首を舐めてきた。 「あああっ。いやあっ、だめぇっ。おかしくなりますっ、おかしくなるぅぅっ、やめてっ、やめてっ」 「んっ、気持ちいいな。――俺も。気持ちいいよ」 (気持ちいいじゃないっ、そんなの通りこして死んじゃうからっ) 「やっ、やっ、ああん、いやんっ!」  ペロペロ舐められるたびにびくびくっと震え、なんども彼の腹を押しのけるふうに腰を跳ねあげた神野は、そのたびに自分の中にいる篠山のペニスを嚥下するように締めつけて、彼から気持ちよさそうな吐息を引きだした。 「上手に腰、振れてるぞ」 (そんなことで褒めないで!)  胸もとで囁かれたはずなのに、耳を侵されたような感覚までしてきて首がそそけたつ。身体中をまとめて愛されていっぱいいっぱいだ。 「あぁ。気持ちいいよ。お前のなか最高だな」 「――っ!」  ぶるぶるぶるぶると断続的に震えたあと大きく腰を突きあげた神野は、体中を支配していた悦楽の塊を、弾けた鈴口から勢いよく吐き飛ばした。 「やぁっ! ん、んっ‼ ……」 「……イけたな。胸、気にいったか?」  ずっと脇腹や腰を撫でてくれていた篠山の左手が、くたっとしている神野のペニスを掴みあげた。くすくす笑って「じゃあ、つぎはキスの練習しような」と、面白そうだ。  篠山はまずは涙で濡れていた眦にキスをくれて、それから唇をあわせてきた。二度目のキスだった。  揶揄うように軽くちゅっちゅっと唇を重ねられているうちに、余韻のちいさな痙攣も治まっていき、少しづつ呼吸も穏やかになっていく。 (……好き。好き。好き) 「ちょっと口を開けてみて」 「ん」  返事をして自ら口を開いて彼を迎えいれる。さっきよりは幾分気持ちにゆとりをもって、彼からのキスを味わうことができた。舐められて、吸われて、含まれて。溢れるまえに唾液をうまく飲みこんで。  キスがこんなにも気持ちや身体を蕩けさせるものだとは思いもしなかった。  キスだけではなくベッドのうえで行われる、甘くてやさしい行為のすべてもだ。ちゃんとしたセックスは快楽で身体だけでなく、気持ちまでも、ぐずぐずに熔けてしまう。 (ぜんぶ、はじめて。このひとがしてくれること、このひとにされること、ぜんぶ、はじめてばかり――)  生活も、身体も、気持ちもぜんぶ。彼は自分のすべてをぜんぶよくしてくれる。――セックスも。 (近藤さんのかわりなんだろうけども。こんなふうにされてると、篠山さんが自分のことを好きでしてくれているみたいに思えてしまう)  捨ておいたはずの自分の憐れな気持ちが、調子に乗ってしまってしまい、恋情が潤いを取り戻して、主張しはじめる。 (好き。俺は……このひとを、愛してる。なのになんでこのひとは俺のことを好きじゃないんだろう)  淡い期待を抱いて、彼の情を求めようと、心が勝手にあがきはじめそうだった。 (俺のことを、好きになってくれたらいいのに……) 「ふぅんっ……、んんっ……」  神野は慣れてくると大胆に篠山の舌に自分の舌を絡め、奪うようにし滴り落ちてきた彼の唾液を吸いとって飲みこんだ。  

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