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第47話

 ずっと体内に納まったままの彼のペニスが、ぐんと大きくなると、またぞろ自分の粘膜がそれを欲して蠢きはじめる。垂れていたペニスがふたたび首を(もた)げはじめた。 「キスを覚えるのも、復活するのも、あっという間だな。ほんと、エッチぃわ」 「やっ――」  ちょっとでも隙間を開けたくなくて、神野はキスの合間に軽口を叩く男の頭を抱えると、引き寄せて肉厚な唇に噛みついた。心の奥底から湧いてきた篠山への恋心が、もう皮膚のぎりぎりいっぱいのところまで溢れてきている。 「篠山さん、――……」  好きと余計なことを云いかけて、それをぐっと堪えた神野は、 「して。お願い、動いて」  かわりに熱に侵されてでた譫言(うわごと)のように、懇願の言葉を繰りかえした。 「はやく、して、はやくっ、お願い、はやく動いて――」 (好きだ。大好きだ)  そしてうっかりその言葉が飛びだしてしまわないように、自分の口をキスでしっかり塞いでいてほしい。 「キスして、キス。舐めてくださいっ。やっ、もっと動いてっ、激しくして」  いまはもう肩や首への口づけはいらないからと、篠山の両頬を掴んで唇にむしゃぶりつく。腰を揺すって、しっかりしたグラインドを彼に催促した。 「お、おいっ、――っ⁉」 「やぁっ――、ちゃんとっ! いっぱいしてくださいっ」  するとすぐにやさしい彼は、望みを叶えてくれる。 (篠山さん、篠山さん、篠山さん)  いつものいいところをいっぱい突きあげてもらうと、それだけでも最高に気持ちいいのに、さらに口づけをしながら、合間に胸のさきまで弄られて。 「いい……いいっ……、それ、いい。して、もっと、あぁ……、あぁ……」 (好きっ。大好きっ) 「――好きだよ」  神野は狂いそうなほどの官能に、喘ぎ身悶えた。そして最後は篠山が自分の中で果てたおなじタイミングで放埓し、意識を飛ばしたのだ。  目が覚めたときには間接照明がうっすらと灯されていて、ベッドヘッドに凭れた篠山がたばこを吸っていた。彼が膝の上に置いた灰皿に灰を落とすのをぼんやりと眺めながら、くんと匂いを吸いこむ。 「起きたのか? そのままもう寝とけ」  久しぶりのセックスはこれまでのツケとばかりに、神野にひどい倦怠感を伴わせている。たった一度彼の精を受けとめただけだというのに、腰は鈍く痛み背筋は凝っていた。  ここに住んでいたころには、篠山が二度三度と吐精するあいだに、自分は数えていられないほど達し、潰れるころには出るものもなくなっていたほどだった。それでもときには連日、行為を繰り返せていたのだ。 (だめだ、ちょっとやそっとじゃ立てそうにない……)  こんなに身体がつらいのは、大阪のホテルで彼にはじめて抱かれたとき以来だ。いつにない脚の付け根の痛みに思いあたった神野は照れてしまう。それは篠山が自分に密着してきたぶん、脚が深く折りたたまれたからだ。 (少しは気が晴れたかな?)  たばこを咥える横顔は、春臣が云っていたほどいまはひどくはない気がする。感情的な素振りもないので、ヤケを起こすこともなさそうだし、今夜はもう外にでてヘンな病気をもらってくる心配もいらなさそうだ。  それならばあとはたまった疲れが取れるように、ひとりでゆっくり眠らせてあげるのがいい。それにだ。  神野はいつまでも彼の傍にいて、自分の感情をコントロールできる自信もなかった。 「いえ、帰ります……」  肘をついてそうっと体を起こす。 「なに云ってんだ? もう遅いし無理すんな。外は寒いんだし」 「朝、家にいなかったら春臣くんが心配しますし、明日は彼と買い物にいく約束をしているんです」 「じゃあ、送っていく」  そう云って咥えたばこのまま腰をあげようとした篠山を、慌てて腕をのばして止めた。 「……わかりました。じゃぁ、お言葉に甘えます」  はやく寝かせてあげたいと思っている彼に、そんなことをさせられるわけがない。神野は、ひとまず妥協するふりをした。  けれども、せめて汚れた身体はどうにかしたい。シャワーだけでも浴びようかと、布団のへりを持ちあげて腹のあたりを覗いてみれば、汚れはどこにも見あたらなかった。どうやらまた寝ている間に、篠山に後始末をされていたようだ。 「よっし、じゃあ、寝るぞ」  たばこをもみ消して灰皿をチェストに移動させると、篠山が布団に潜りこんできた。ばさりと起こった僅かな風で、彼から風呂上がりのソープのいい香りした。 「ひゃっ⁉」  すり寄ってきた篠山が神野の身体を引き寄せた。 (うそっ)  正面から抱きしめられてどきどきする。篠山は慣れたふうに、神野の頭と自分の腕のあいだに枕を挟むと、乱れた前髪を指で梳いてくれる。そのやさしい指にまた泣きそうになってしまった。 「ちょっとふっくらしてきたな」  頬を抓まれ、引っ張られる。 「でも、もう少し太れよ。いまのままじゃ、抱くと骨があたって痛い」 「痛いです」  まるで次があるような篠山のセリフに、期待させないでくれと苛ついた神野は、彼の指を抓むと自分の頬から離した。  今夜みたいな夢のようなセックスが自分の人生の中で、これからさきそうそうあるとは思えない。だから本音としては、今夜だって一回きりじゃなくて、もうちょっとつづけていたかったのだ。それなのに途中で気を失ってしまうとは、まったく惜しいことをした。  だいたいにして時期が悪かった。仕事で睡眠不足だと聞いている彼に、そうなんども求めるだなんてできるわけがない。  たった一度きりで終わってしまったが、甘く蕩けそうなセックスだった。たとえ近藤の身代わりだったとしても、たくさんキスしてもらい触れてもらえたのなら本望だ。それが恋愛には届かない、友愛であってもそれ以下であっても自分にはもう充分だ。そう思わないと。 「どうして、私が篠山さんのために太らないといけないんですか。そんなのは自分で好みのかたを見つけて、どうにかしてください」  もちろん、彼にとってのその好みってのは、近藤なのだろう。近藤は身長が百八十センチちょっとある篠山と並んでいても見劣りしないほど、背は高かった。それに自分と違って体格もがっしりしている。  探してくださいと云っておきながら、すぐ近くに彼とよく似た体型をしている春臣の存在があることに気づいて、神野はしまったと唇を咬んだ。春臣は嫌だ。やめて。 (……春臣くんを抱くのなら、俺で妥協してほしい) 「そんなツレないこと、云うなよ」  今度は鼻の頭を擦られる。なんなんだ、彼がさっきから仕掛けてくる、この幼稚なスキンシップは。  神野はまた彼の指を掴むと「やめてください」と、その手を布団の中に潜りこませた。話の筋だっていまいちピンとこない。篠山はいったいなにを云いたいのだ? 「なぁ、尻、自分で洗ったのな?」 「あ、あなたがっ、いつなんどきって……」  彼がよく自分を揶揄って云っていたセリフを真似しようとしたが、ここに来るまえのアパートの浴室でのことを思いだすと、それ以上は言葉にできなくなる。神野は顎を引いて火照る顔を彼から隠すと、いつのまにやら尻を撫で摩っていた彼の落ち着きのない手を、ひっぺがした。 「もう、触らないでくださいっ、さっきからいったいなんなんですかっ」 「嘘だろ? お尻触られるの好きだろ? 癖になってんじゃない?」 「ひゃぁっ」  耳もとで囁かれて首を竦めた神野は、つづけざまに与えられた恋しかったそこへの口づけに、感極まってぽろっと涙を零す。 「おれたち、つきあうか?」  彼に見られないうちにと、慌ててシーツにそれを吸いませていた神野は、耳を疑うその言葉で、そのまま身体を固くした。

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