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第53話
「すみません! 私、気づきませんでした。篠山さん、もう、寝てくださいっ」
せっかく下ろしたジッパーを引きあげた彼に、篠山は失言だったと舌を打つ。
「いいから。――俺だってしたいんだから、おとなしくしてろ。一回しかしないけど」
そう云い含めてキスをしながら、ふたたび彼をベッドに沈める。
「そのかわり、いいことしてやるよ。ほら、ちょっと離れろ。脱がせられないから」
絶対こいつ驚くだろうなと、ボトムのジッパーを下ろし下着ごと脱がせた篠山は、なにをするつもりかと見下ろしてくる神野のペニスを掴むと、先端から根本にかけてべろっと舐めあげた。
「ひゃぁっ! なっ、なっ」
「ばかっ、……やめろ、こらっ」
「だめです、だめですっ!」
揺る勃ちペニスを、ひとくち含んだだけで完勃ちさせておいて、なに文句いってやがる。
「ほら、じっとしろって!」
髪をひっぱり頭をボカスカ叩いてくる神野の手をまとめて掴むと、ベッドマットに押しつけた。彼のがりがりな手首をまとめるのには、片手があれば充分だ。
「やぁっ、あぁぁっ、ああっ、ひゃっ……」
そして空いたほうの手でペニスを丁寧に撫でてやり、鈴口を舐めてやること数十秒。顎が疲れるまでもなく、神野は簡単に射精した。
(よしこれで一回)
はやくくたびれさせて、とっととふたりで寝てしまおう。
「どうだ? 気持ちよかったか?」
訊くと自由になった両手で口を押さえた神野は、がくがくと大げさに頷き、そしていきなり篠山の腰に飛びついてきた。
「うわっ、どした⁉」
「わ、私もやります」
「はぁっ?」
「うまくできるか、わかりませんがっ――」
「いや、だめだって。一回しか持たないって云っただろ?」
「でもっ」
「じゃあ、お前それして俺が出したら、そのあとはおとなしく寝るのか?」
「………………」
神野は、おとなしくなってシーツに横たわった。
まったく、清純系ド淫乱とはこいつのことを云うのだろうか。篠山はさっと服を脱ぎ捨てて裸になると、寝転んで待っていた彼の手をひっぱって身体を起こさせた。
そしてベッドヘッドに凭れて座った自分の膝のうえに向かいあわせで座らせ、チェストから避妊具を取りだして、軽く扱いた自分ものにさっさと装着した。そのあいだ彼がじぃっとこちらのペニスを見つめてくれていたので、お陰さまでスタンバイは上々だ。
篠山は神野の尻をペチッと叩くと、腰を上げさせた。
「ほら、やり方教えるから、乗って、動いてみろ」
彼の欲張りな窄まりは、すぐ際 に添う篠山の指を呑みこみそうなほどひくついている。僅かに触れる指が気持ちいいのだろう。神野がそこを擦りつける動きをみせてきた。
「エッチぃな、ココ」
篠山は自分の肩に手を乗せている神野のかわりに、彼の腰を支えて誘導した。
「ふぅんっ……、ぁんっ」
「ん、そう、ちょいまえ。そう、そこ……、ゆっくり腰おとして、挿れて」
よっぽど切羽つまっていたらしい彼は、ゆっくりと云った篠山の言葉を無視して、ペニスがそこに触れた途端にいっきにカリの部分を丸呑みにした。
「ああんっ、やぁっ」
「あっ、こらっ、――っ!」
いやらしい彼の穴がぎゅっと収縮して、篠山の肉塊を締めつける。蕩けてしまいそうな快感に篠山は呻いた。欲張りな神野がさらにそれを奥に沈めようと、腰を無理に揺すってくる。
「やだっ、ちゃんとしてってっ」
「落ち着け、閉めるから入んないんだろ?」
ヒステリックに叫んだ彼を宥めるために尻を撫でていると、昨夜の残りが下りてきたようだ。
「んああああっ」
クプッと隙穴 で音がしたあとするっと肉襞が滑って、簡単にペニスを付け根まで呑みこんでしまった。仰のいた神野に力いっぱい首を引き寄せられる。
「うわっ」
気持ちいいか? と問えば、彼はなんども唾液を嚥下しながら、こくこくと頷いた。
「俺も、……気持ちいいよ」
でも苦しいから首を放してくれと頼み、少し距離をとる。
「落ち着いたら、それで好きに動いていいから。自分でいいとこ当ててみろ」
「……はい」
騎乗位にした理由は一度しかしないのなら、彼の好きにさせてやるのがいいと考えてのことだ。射精を自分で調整しながら満足いくまで楽しんだら、彼の好きなタイミングで終わればいい。ただ純情な彼には羞恥が勝 ってできないかもしれないと、ちらっと思いはしたのだ。しかしそれは要らぬ心配だった。
神野は一見自分の腰のうえで、おとなしくじっとしているようだったが、そのくせ見えることのない彼の内壁は、ぎゅうぎゅうと卑猥な動きで篠山の肉塊を絞りつづけていた。
(ほんと、こいつ、セックス好きだよなぁ……)
そして自分もそういう相手にけっこう燃えるもんなんだな、と二十八にして自分の意外な嗜好を知った。
神野はぎゅっと眉間を寄せ、苦しげに瞳を閉じている。その表情は快楽に浸っているようにもみえ、またなにか遠く、苦渋に満ちた過去に思いを馳せているようにもみえた。
細い首をおり腕をだらんと垂らした力なさげなその姿は、篠山に潮風に吹かれてベンチに座っていた、出会った日の彼を思い起こさせる。
遠目からみて、彼のすらっとした肢体と特有の潔さに魅かれた篠山は、あの日、孤独な神野へと歩いていったのだ。
よくよく見ればほっそりとした顎に、弓なりの形よい唇。長い睫毛に縁どられた瞳は伏せられていて、その時には瞳の大きさはまではわからなかったが、それでも稀にみる美人だとすぐに気づいた。
醸しだす雰囲気はぴんと張りつめていて、神経質な気性が生みだす彼の清純さを垣間みたとき、自分とは性格はあいそうにないと、すぐに判断できた。
それでも旅先の行きずりに、見目みめのいい彼にちょっと話し相手にでもなってもらおうかと下心だけで彼に近づいていったのだ。
声の届く位置まできたときに、ずっと落とされていた彼の視線のさきになにがあるのか気づいた。
彼のうつろな瞳が見つめていたのは、膝に置かれた手のひらで。その白い指の隙間から零れそうなほどの量の錠剤に、どれだけ驚いたことか。
篠山は自分の腹に置かれていた細い指を掴むと、引き寄せて口づけた。
自分があの時あそこに居合わせなかったらと思うとぞっとする。
あの日の三段壁はひとが少なく、とてもひっそりとしていた。ごつごつと荒らかな岩場と、なんの隔たりもなく茫洋と見渡せる蒼い海だけしかなく。彼はそんなさみしい風景をこの世の最期に目に映し、死んでいこうとしていたのだ。
周囲に助けを求めることもできず、守ってももらえなかった彼が、たったひとりでつらい気持ちを胸に抱えて命を絶とうとしていただなんて、かわいそうすぎる。
時間を巻き戻せるのならばもっとはやく、彼がまだなんの責任も負わずに笑っていられたころに行き、そこからずっと彼の傍についていてやりいたいくらいだ。
いまこうして胸の中で彼の温もりと重さを感じていると、篠山は彼の命がこの世に残ってくれて、よかったと心底思えた。
そのことをどこにでも、誰にでも感謝できる。それがたとえ、彼を不幸のどん底に落とした相手であったとしてもだ。
彼とは、これからだ。
神野のつらい過去が変えられないとしても、いまからさきの彼の人生をよりいいものに、幸福に満たされたものにしていくことは、可能だ。
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