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第54話
いや、もしかすると過去だって変化し得るのではないだろうか。彼の未来がいいものになるのならば、そこから振り返りみた過去は、また違ってくるのかもしれない。
神野が将来、死ぬことを選んだつらく悲しかった日々を、そんなこともあったと笑いながら云えるようになればいいのではないか。
そんな日が彼の未来のうちの少しでもはやい時点で訪れればいいと、篠山は目のまえにある愛しい存在にかわって、希 う。
彼のこれからに、幸あれと。
いつも背筋を正している彼の姿に、胸が詰まる思いがした。だから、彼の背後にまわっては、もっと凭れるようにと辛抱強く促してきた。
最近になって彼はようやく、ひとに寄りかかるということを覚える気になったようだ。誰かの手をとる、誰かに甘えるということを。
それでもまだまだだと思うし、とくに自分にはもっと甘えてくれればいいと思っている。もっと肩の力を抜いて、全身を預けてくれたらうれしい。
相変わらず神野は篠山の腹のうえでおとなしくしていて、肋の浮いた胸だけを大きく喘がしていた。しかしさっきまで寄せられていた眉間の皺は、いまはもう見あたらない。
篠山は欲情してピンクに染まる彼の手を、そっともとあった自分の腹のうえに戻した。腹から腰にかけて、興奮した肉体は熱があるのではないかと疑うくらいに熱い。
神野が時折開く口腔には、溜まった体液が光って見える。まるで恍惚とごちそうを堪能しているようにみえる彼が、そのうち涎を垂らすのではないかと篠山はその赤い口に目を留めた。
そんなに俺のものはおいしいか? と意地悪く淫らに囁いてやりたい。
空気をそっと吸うことによって開いた彼の肋が、またちいさく萎しぼんでいく。細く長い息を吐きだし終えると口は閉じたり、閉ざし損ねたりだ。
思い出したように口を噤んだときは必ず唇をぎゅっと咬んでいる。その時のコクッと喉で鳴る、唾液を飲む音がいいと篠山は思った。
ずっぽり篠山のものを包みこんで収縮を繰り返す彼の内臓は、ただ不随意に動くのに任せているだけではなかったようだ。息を吐ききり唇を閉じる。そしてそのタイミングで彼が自分のペニスを故意に締めつけていることに気づいて、篠山はかっと下腹を熱くした。
自分の腹のまえでそそり立つ彼のものが、とろとろっと液を吐きだすのも、ずっとそれとおなじタイミングだったのだ。
(なんてスケベなんだよ、こいつの身体は……)
とても騎乗位初心者とは思えない。
「ひゃぁ……っん」
ひと回り膨れた篠山のペニスに神野が呻く。自分で作っていたリズムを狂わされ、そのせいでついに飲みそこねた唾液をつぅっと零してしまった。口の端から伝って、糸を引いた透明のそれは、篠山の臍の下にポタリと落ちてくる。
「やっ、大きいっ」
(云うのか……、ソレを…‥)
憤 るようにして身を揺すった神野はびくびく震えたあと、バランスを崩して篠山の胸に倒れてきた。篠山はぴったりと肌をくっつけてくる彼に満足して、ぎゅっとその身体を抱きしめた。
「神野……」
愛しい気持ちが溢れてきて、心をこめて名を呼ぶ。「……祐樹」と。
熱に浮かされ「あぁ…」とばかり繰り返していた神野に、その声はちゃんと届いたようだ。情を揺すぶられたらしい彼は篠山の首に腕をまわすと、荒く腰を揺すりはじめた。
「あっ、ああっ……、んあっ」
ベッドマットが音を立てて揺れる。
「んあああっ、んあああっ……」
「気持ちいいいか?」
訊ねれば彼は必死にうん、うんと頷いた。篠山のペニスも熱く熔け落ちそうだ。本人が満足するまでつきあってやるつもりでいたが、撤回だ。そろそろ堪能して終わってしまいたい。
篠山は終盤を迎えるために、さっさと神野をイかすことにした。
「祐樹、起きて腰、浮かせて」
「やっ、――ぅわっ⁉」
自分のうえで闇雲に腰を揺すっていた神野の肩を押して、彼を後退させる。ふらついて背後に倒れそうになった彼が、慌てて後ろ手に篠山の太ももを掴んだ。
「そうだ、そこ掴んでろ、で、ちょと腰上げて……」
「こ、こうですか?」
「そうそう、そのあたりであたるだろ? お前のいいとこに。探してみろ」
セックスに関してはどこまでも貪欲になれるらしい。すぐにもそもそ腰を動かしはじめた卑猥な彼の姿に、篠山は唇を舐めた。
「ふぅっ……、あんっ」
(うん、そうそう)
それは神野のあがりきった陰嚢越しに、自分のペニスが彼の穴に呑み込まれているのがよくみえる角度でもある。どれだけ彼が尻を揺らしても、彼の窄りは歪みながらも自分のものにぴったり吸いついていて、その光景はたまらなくいやらしい。
視覚もさることながら、聴覚への刺激も堪らない。ピチャピチャとたつ水音も、ヌポヌポと粘膜の擦れる音も、彼の尻が自分の腿に打ちつけられる肉音もぜんぶが淫らだ。
(なんつう、エロさ……)
「ふうっ、ううっ……あっ、あぁん、あぁんっ、あぁぁっ」
やっといい場所をみつけたらしく、神野が腰をかくかく振りながら声をあげる。
腫れあがったペニスは、ぷるんぷるんとリズミカルに跳ね上がり、また先走りでびしょびしょになっていた。
「いい……、いい…‥、いいっ……」
いい、はこちらもおなじだ。神野のAV女優にも引けをとらない奔放な乱れっぷりに、篠山はもうじっとはしていられず、彼の腰を掴んで下から突きあげた。
「あぁんっ、篠山さんんっ! いいっ、いいっ、あぁあんっ……ぅあぅっ」
なにがヘンな癖をつけさせないように、だ。
(はじめてやったときから、こいつは後ろだけでいけたんだ)
神野の適正に舌を巻いた篠山は、放っておいてもこいつはいずれこちらへと道を踏み外していたのではないかと考えた。それをいつかはこいつもまともな結婚をしないといけないのだと、気をつかった自分が滑稽だ。きっとあの日、はじめて抱いた時点で手遅れだったに違いない。
篠山は反り返えりすぎて後ろに倒れそうなになった神野を、上体を少し起こしてしっかり支えてやる。口から溢れ漏れた唾液が、首を伝って鎖骨にひっかかっていたのを舐めとって、そして白い首に噛みついた。
「ひゃぁんっ! ……すきっ、すきっ、すきぃっ……、もっと、もっとしてっ」
神野の好きが、自分のことを云っているのか、首を咬まれることを云っているんか、判断はつかなかったけれども、
「あぁ、俺も、好きだっ」
返した言葉は、腰を突き上げるリズムで途切れ途切れになった。
自分は本当はもっとしっかりした体格の男が好みで、神野の細すぎる肉体は頼りなかったりするのだけども、愛おしさのまえではそんなものはどうでもいい。そしてこの神野のエロさは予想外の拾い物。
「あっあっ、ああぁぁ――っ!」
さんざん痴態をみせ放埓した神野に巻きこまれ、篠山のペニスが彼のきつい蠢動に大きくびくつく。神野の唇にかぶりつくようなキスをしかけると、いっそう激しく彼を穿ち、ほどなくその体内に一滴残らずすべてをぶちまけた。
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