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花開きの夜に 2

*** 「何だか、お腹が痛くて…」 夕餉の席で、眉根を苦しげに寄せながらイオリが告げた。その言葉に、傍にいたヤトとオラガが顔を見合わせて小首を傾げる。 今晩の夕食には、生焼けの獣肉も腹下しの危険のある茸や毒草も混ざってはいなかった。 腹痛を引き起こすような要因は即座には思い当たらない。 「人間って、すぐ身体を壊しちまう」 「夜風で冷えたのかも知れん。イオリ、大丈夫か?」 「うん、大丈夫。でも、今夜はもう休みます…」 力なく答えて頭を下げると、イオリはふらふらとよろけながら立ち上がろうとした。その刹那、足をもつれさせて派手に転ぶ。 「大丈夫かよ、イオリ!」 「う…ん、大丈夫。(むろ)まで行かなきゃ――わぁ」 「ほら、お前は大人しくしていろ」 ひょいとイオリの身体を抱き上げると、オラガは口頭でヤトに火の番を言付けた。そうして、そのまま自身の祠へと足を進める。 ヤトとイオリは、少し離れた場所にある二つ並んだ室をそれぞれの部屋として使っていた。 室といっても、年頃の少年らが足を伸ばして大の字になって寝転べるほどの広さしかない。彼らにとってはただ眠るための場所であった。 対して当代の犬神であるオラガは、依代(よりしろ)である磐座(いわくら)の傍に建てられた小ぶりの祠を自室としていた。 犬神を祀る人の子らによって作られた祠には、大人が数人ほど寝転がれる広さがあり、柔らかな藁も敷かれている。 人間の子であるイオリが七歳ほどになるまでは、オラガは二人の息子達もこの祠の中で共に休ませていた。 *** 「飲み水と痛み止めの薬草だ。今夜はここで休めば良い。それと――」 どこからか集めてきたらしい大振りのふかふかとした葉っぱを藁の上に何枚か敷き詰めると、オラガはその上にイオリを寝かせた。 「オラガは、ここで寝ないの?」 「外で休む」 「どうして… 」 「お前のその腹の痛みの原因は恐らく初潮かもしれん。今朝からずっと雌の匂いがしている」 「しょちょ…?」 「人間の女子が子を産むための準備が始まるんだ。お前にはホトがあるだろう。数日間ずっとホトから血が出るが、怪我でも病気でもない。ただ腹は痛いままだろうから、痛み止めの薬だけ置いておく。何かあったら迷わずに俺を呼べ」 それだけ言って祠の外に出ようと踵を返したオラガの背中に、起き上がったイオリが縋るように抱きついた。 「行かないで、一人は怖い」 「俺はすぐ傍にいる。怖がることはない、大丈夫だ」 「傍にいて、オラガ。何だか心細くて…」 ぎゅっと抱きつくイオリを背中から優しく引き離すと、オラガは彼に向き合って深い溜息を一つ吐いた。 「実は、お前の雌の匂いにあてられて俺も発情しかけてるんだ。このまま傍にいたら、お前を傷付けてしまう」 「……」 「これは決して怖いことではない。お前は、また一つ成長して大人になったんだ。喜ばしいことなんだぞ」 いつかこの日がくることはオラガにも分かっていた。これまで息子同然として深い愛情を注いで育ててきた人間の子を、(たが)が外れた己の欲望のままに犯すわけにもいかない。 そして、同じように息子のヤトの発情を悪戯に刺激する事も避けたかった。 兄弟として育ててきた二人に、互いに悲しい想いをさせてはいけない。 だからこそ、悲しげな顔をしてこちらを見つめるイオリから早々に視線を逸らすと、オラガは足早に祠を後にした。

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