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慕情の行く末 2

ぱちぱちと火の粉が()ぜる音をぼんやりと聞きながら、イオリは夕飯の川魚を枝に刺して焚き火の中に並べていく。 暫くすると、脂の乗った魚の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂いだして、腹の虫がきゅるると鳴いた。 「……リ、イオリ!」 「えっ、何……熱っ!」 爆ぜた火の粉が顔や身体に降りかかり、イオリはぎゅっと身を強ばらせた。顔を庇った手の甲に焼けるような熱を感じる。突然の熱さに驚きながらも、どこか頭の片隅では冷静に「ああ、水で冷やさなきゃ」と考えている自分がいた。 「イオリ、大丈夫か?!」 「傷を見せてみろ」 「え…大丈夫だよ。そんなに酷くはないから。ちょっと沢で冷やしてくるから、二人は先に食べていて」 この二人が過保護なのは今に始まった事ではないが、大人になるほどイオリの中には気恥しさが芽生えだした。 慌てて身を起こすと、ぱたぱたと素足で駆けながら沢へと下りる。 穏やかなせせらぎと共に、辺りの空気が一気にしっとりとしたものへと変わる。イオリにとっては心落ち着く場所の一つだ。 「ここで、昔オラガと…」 譫言(うわごと)のように口にした。 あれはきっと夢だったのかもしれないと思う事もあるが、少しだけ気まずくなった彼との関係が現実を見せつけている。 どんな自分だったら、彼に愛されたのだろうか。贄でなければ、父子でなければ、いや、自分が普通の女子(おなご)であれば、もしくは彼らと同じ神であったなら―― その全てに当てはまらない自分だから、きっと愛されないのだ。 満たされない想いを持ち続けながらオラガの傍にいる事が、だんだんと苦しくなってきた。 「はぁ…」 重い溜息を零しながら、火傷した手を沢の中に潜らせる。ひんやりとした水温が身体の火照りを落ち着かせていく。 「イオリ、大丈夫か」 「え…オラガ?」 「ほら、しっかり冷やせ。人間は些末な怪我からでも命を落とすことがあるのだから」 「ああ…うん。大丈夫、だよ」 歯切れ悪く答えたイオリの姿に首を傾げつつ、オラガが隣に腰掛けた。 相変わらずの逞しい肉体に思わず目を奪われていると、不意に彼の大きな手がイオリの腕に触れた。 その途端、心臓がびくりと大きく飛び跳ねる。一気に早まる鼓動を知られないように、イオリはそろりそろりとオラガから身を離そうとした。 「何をしてる?」 「だって…オラガが近いから…」 「別に今更だろう。父子(おやこ)なんだから」 「……本当の父子じゃ、ない」 「なに?」 父子だからと言われてしまえばそこまでだが、イオリは居心地の悪さに思わず口調を荒らげた。 「……僕らは本物の父子じゃない!」 「イオリ?」 「僕は…ただの贄だ。誰にも愛されない」 「どうした?ほら、こっちに来い。不安なら抱っこしてやろうか?」 「いらない。もう子どもじゃないから放っておいてよ」 「イオリ…?」 「僕は一人で生きていく」 「お前は何を――」 心にもないことが次々に口から飛び出してくる。 「だって、オラガ達は犬神じゃないか。僕は人間で……身体だってで。何処で生きれば良いのか分からないんだ。何のために僕は大人になるの?このまま、誰にも愛される事だってないのに」 「イオリ、落ち着け。急にどうした?」 「オラガは、どんな僕だったら愛してくれた…?」 「どんなお前でも、俺は息子としてちゃんとイオリを愛しているが」 毅然とした態度で言い放たれた言葉に、ついにイオリの目から一筋の涙が零れた。そうして、ふらりと足元をふらつかせると、そのまま力なく笑みを浮かべる。 「うん…ありがとう。、乱暴な口をきいてごめんなさい。僕、今夜はもう休みます」 「イオリ――」 次々と溢れ出る涙を必死に手の甲で拭いながら、イオリは足早に自分の室へと駆け込んでいった。

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