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三、不器用な家族

*** 跳ねた小石が水面に波紋を広げながらてん、てんと向こうに飛んでいく。その様子をぼんやりと眺めながら、ヤトは派手に溜息を吐いた。 すっきりと晴れない胸の内には、もやもやとした黒い影がどんよりと広がっていた。 ――イオリを、己の(つがい)とした そうオラガに告げられてから、もう二月(ふたつき)ほどになる。 「俺も、心が狭いよなぁ」 溜息混じりに吐き出した言葉を、頭の中で幾度も反芻する。今まで自分の弟として一緒に育ってきたイオリが急に女子(おなご)の立場になったことも素直に受け止めきれなかったが、そのイオリと、実父であるオラガが恋仲になっていることも到底すぐには受け止められなかった。 自分の知らない世界に二人が行ってしまうような心地がして、堪らなく心細くなる。 (元々イオリは両性具有だったんだし…年頃になって嫁にされてもおかしくはないんだ。本当は、俺がちゃんと二人を祝福してやらなきゃいけないのに) ヤトにとっても、オラガとイオリは大切な家族だった。だからこそ、二人を拒絶するような自分自身の態度にヤトは苛立ちすら感じていた。 けれど、その苛立ちを上手く発散する手立てもない。 幸せそうな二人の傍にいればいるほど、素直になれずに悩むヤトは心苦しい思いに苛まれた。 自分一人、この広い世界に放り出されたような心細さに幾度も襲われて、その度に気持ちを奮い立たせてきた。 ――と、その時ガサリと物音がして、ヤトはびくりと身を震わせた。 オラガが話にやってきたのかと身体を強ばらせたが、そこにいたのは小さな子兎だった。親とはぐれたのか、まだ小さな毛玉のような身体をぶるぶると震わせながら心もとなげに辺りを彷徨っている。 どうやら親を探しているようだった。 「お前、どっから来たんだよ。ほら、おいで」 ひょいと子兎を抱き上げると、途端に小さな身を縮こませて怯えたような鳴き声を上げる。そんな子兎の身体を優しく撫でてやりながら、ヤトはふと表情を和らげた。 「怖がらなくていい。俺が家族の元に連れて行ってやるから。ほら、母さんを探そう。匂いを辿るぞ」 明るげに声を上げながら、やがて彼ははっと息を呑んだ。 (ああ、そういえば…。昔のイオリもいつもこんな風に怯えることが多かったな) 人間として身体が奇異であったために棄てられたイオリは、いつもどこか沈んだ表情をしては遠くを眺めていることが多かった。それを、ヤトはずっと憂いていた。大切な弟のイオリが心穏やかに過ごせることを願っていた。 (今のイオリは、オラガの傍ですごく幸せそうだよな…) ヤトの腕の中にいる子兎が、彼の顔をじっと見上げたままでふるふると耳を振った。その様子に思わず笑みを零しながら、ヤトは子兎の身体をさらに優しく撫でてやった。 「お前のおかげで、少しだけ素直になれそうだ」 今すぐに全てを受け入れることは難しいけれど、少しずつ、一つずつ、自分に出来る範囲で二人の幸せを見守ろうとヤトは心に決めた。

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