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不器用な家族 4
***
見上げる月があまりにも綺麗で、ヤトは呆けたような顔で暫くぼんやりとそれを眺めていた。
背後でカサリと小さな物音がしたのにも気付かないほどに熱心に見つめていると、不意に肩をぽんと叩かれる。
「ひゃっ」
「あ、ごめん」
甲高い悲鳴とともに小さく肩を跳ね上がらせると、今度は見開いた目をそちらに向けたままで固く身を縮こまらせてしまった。
咄嗟の反応も出来ずに、どくどくと激しく脈打つ鼓動をいなしながら口をはくはくと開く。けれども出てくるのは空気ばかりで、肝心の声は出ないままだった。
「ごめん、ヤト。大丈夫?」
「…っ、あ、ああ。大丈夫…」
「少しだけ、話せる?そんなに長くはならないから」
「……」
つかの間、ヤトは押し黙ってしまった。目の前には今一番顔を合わせたくないイオリがいる。決して嫌悪している訳ではないけれど、彼とどんな顔をして向き合えば良いのかが分からなかった。
少しずつ、自分の方から二人に歩み寄らなければと思い始めた矢先だったのに、本人を前にすると酷く躊躇 いが出てしまう。
(俺が逃げちゃダメだよな。イオリは大事な家族なんだし)
腹をくくると、ヤトは仰々しく溜息を一つ吐いてイオリに向き直った。
「少しなら、いいけど」
図らずもつっけんどんな口調になってしまったことを後悔したが、一度口にしたものはもう引っ込められない。
心の中でイオリに詫びると、ヤトは気まずそうに下を向いて足元に咲いていた草花をぶちぶちと毟 りだした。間が持たずに沈黙ばかりが続くと、気まずさに押し潰されそうになる。
ちらと横目でイオリを盗み見れば、彼もまた深刻そうな面持ちで唇をぎゅっと噛み締めていた。
やがて、彼の方が先に口を開いた。
いつもの穏やかな口調で、どこか遠慮がちにヤトの名を呼ぶ。
「ヤト。僕ね、オラガを愛してしまったんだ。父様 としてじゃなくて、その…番 として」
「知ってる」
「うん。そのことを自分の口からちゃんとヤトに伝えたかった。そして、謝りたかったんだ」
「謝る…?」
「僕がいるせいで、オラガとヤトの仲が気まずくなってる気がして。ヤトにとって、オラガは大切な父様でしょ?」
「ああ、そうだ」
それにお前は大事な弟だ――と続けて口に出かかった言葉を、イオリの小さなクシャミが遮った。
「風邪か!?」
「え、ち…違うよ。少し寒かっただけ。もう、ヤトはいっつも心配症なんだから」
「当たり前だろ!お前は人間なんだから、些末なことで命を落としかねないんだぞ!ちゃんと自分を大事にしろよ」
「ふふ。うん、ありがとう。ねえ、ヤト?」
「なんだ?」
「ヤトが言ったように、僕は人間で…きっとオラガの傍に居られるのは、神様の時間にしたらほんの僅かな間だけなんだ。僕はあっという間に歳をとって死んでいく。オラガ達を遺して先に死ぬんだよ」
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