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不器用な家族 5
悲しい事実を告げている筈なのに、なぜかイオリは穏やかな笑みを浮かべている。
その表情を目にして、ヤトは急に不安を覚えた。いつものか弱くて泣き虫なイオリではないような気がして、思わず彼の華奢な腕をぎゅっと掴んでいた。
「死ぬなんて言うな」
「ヤト、ちゃんと続きも聞いて。僕は与えられた命を最後までしっかり生き抜こうと思ってる。最後の瞬間までオラガを愛して、そしてヤトに寄り添っていたい。人間の僕には、きっとそれぐらいしか出来なくて――」
「いやだ、死ぬなよ」
いつの間にかヤトの目からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていた。情けないと思いながらも、溢れる涙を止める術もなくイオリの身体をぎゅっと抱きしめる。彼にも優しく抱きしめ返されて、ほんのりと温かな体温が伝わってきた。その温もりで少しずつヤトの乱れた心が凪いでいく。
「ヤト、大丈夫?」
「ああ、悪い。取り乱した」
「…それでね、僕とは違って、ヤトはもっとずっと永い時をオラガと一緒に生きていくでしょ?そうして、いつかヤトが次代の犬神としてこの地を護っていく。そんな二人の絆を僕はちゃんと守りたい。ヤト、オラガはいつでもヤトを愛しているよ。僕が番になっても、ヤトへの愛情は変わることなく今もしっかり注がれているよ。どうか、このことだけは忘れないで」
「イオリ…」
「苦しめてごめんなさい、ヤト。僕も、いつでもヤトを大事な兄弟として愛してるよ」
震えるヤトの肩を抱くようにして、イオリは彼の身体を再び強く抱きしめ返した。暫く互いに押し黙ったままで抱き合っていると、鼻を啜りながらヤトがぼそぼそと口を開いた。気恥しさも気まずさも影を潜めて、ただ素直な想いがすらすらと口をつく。
「俺だって、イオリとオラガのことは変わらず愛してるよ。ずっと素直に祝福出来なくて悪かった。これからは…また今まで通りに、二人と接していけるようにする」
「ヤト…無理してる?」
「無理なんかしてねぇよ。ただ、こうして気持ちを伝えるきっかけを俺もずっと探してたんだよ」
ふいと赤く染めた頬で横を向くと、ヤトは小声でそう口走った。ようやく出せた本音に、胸のつかえがするりと溶けていく。ささやかなきっかけさえ見つかればもっと早くに和解出来ていたのかもと思えば呆れもあるが、これもまた不器用な自分らしい。
「イオリ、死ぬまで俺達の傍で幸せでいろよ」
大事な弟の身体を優しく抱きしめながら、ヤトは心の奥深くにしまい込んでいた本音をようやく言葉にして伝えられた。
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