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新しい命 2

思えばここ三月ほどは月のものも止まっている。いよいよ恐ろしい病気に罹ったかと不安に襲われだしたイオリは、這って移動すると沢の水流に頭ごとザブンと突っ込んだ。緩やかに流れるせせらぎで、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。 昔の自分だったなら、不安のままに泣いていただろう。 オラガの伴侶となってから、イオリは少しずつ自分で自分の中の不安や恐れを解消するように(つと)めだしていた。 いつまでも守られるばかりではなく、自分もオラガ達をしっかりと守れるように強くなりたかった。 それなのに―― 「オラガ、早く帰って来て…」 堪らず零れた本音は、せせらぎの中に溶け落ちるようにして消える。 自分を抱きしめる強くて温かな腕を思い出しながら、イオリは自分の腕で身体を掻き抱いた。 このまま病で死んでしまうのだろうか。自分はもっと歳をとってから死ぬはずだったのに…と心細くなりかけたところを激しい嘔吐感に襲われる。 昨晩も、そして早朝にも吐いたばかりなのに、胃の中のものを全て吐き切っても嘔吐は止まらない。 やがて、ぐったりとなりながらも自身の室に辿り着くと、イオリはそのまま床に倒れ込んだ。「オラガ」と弱々しい声で幾度も名を呼び、そのまま目を瞑る。やがて微睡みの中でオラガの幻に抱きしめられながら、イオリは深い眠りの中へと沈み込んでいった。 *** 「…オリ、イオリ」 「ん…ぅ」 優しく頬に触れる大きな掌の感触に、イオリは無意識に顔を擦り寄せる。求めていた温もりにそっと手を伸ばしかけて――はっと目を開けた。 「オラガ…?」 「ただいま、イオリ。どうした、具合いが悪いのか?昼前からずっと眠ったままで目覚めないのだとヤトが真っ青になっているぞ」 「あ、ごめんなさい。僕、寝過ぎちゃった?今すぐ夕飯の支度を…」 ふらつきながら半身を起こして、くらりと目が回った。そのままオラガの胸の中にぽすんと倒れ込むと、オラガも一層心配げに眉根を寄せる。 「もう真夜中だ。それより、大丈夫か?そんな真っ青な顔をして。どこが辛い?」 「あ…、えっと、ここ最近ずっと気持ちが悪くて、目眩がしてて」 「他には?」 「あと、月のものが…三月(みつき)ぐらいきてない」 「なにっ!?」 突然大きな声を出されて、イオリはびくりと肩を震わせる。何か自分はオラガを怒らせるような真似をしたかと、一瞬で不安になった。 当のオラガはといえば、何やら渋面をしたままで「うーむ」と唸り出している。 「オラガ、ごめんなさい。僕、何かした…?」 「ああ、いや違うんだ。そうではなくて……でも、いやまさか」 「…?」 今度はぶつぶつと独り言を呟きだしたオラガに不安げな表情を向けると、不意に彼がイオリの顔をまじまじと見つめだした。そして―― 「イオリ、ちょっと腹に触れて良いか」 「お腹…?いいけど…」 「…まだ、そんなに膨れてはいないが。ああ、でも、たしかに…な」 「オラガ…?」 いよいよ泣き出しそうな顔をするイオリの身体をぎゅっと優しく抱きしめると、オラガが耳元に口を寄せて震える声音で告げた。 「お前の腹の中に胎児(ややこ)がいる。しかも、どうやらいるらしい。イオリ、お前は俺との子を生したんだ」

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