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新しい命 3

*** イオリの腹に手を当てると、まだぼんやりとではあるが小さな鼓動が二つ、イオリの心音と重なるのが聴こえた。 それをイオリ自身にも告げたところ、彼はどうやら状況を上手く飲み込めなかったようで益々不安そうな顔をする。 オラガ自身も、頭の中が真っ白になっていた。 イオリが子を生した――となれば、こうしてはいられない。今すぐに麓の里の村にいる産婆のところで診てもらわねば。お腹の子と、何より大切なイオリの身に何かあっては一大事だと、珍しくオラガは冷静さを欠いていた。 「イオリ、村の産婆のところに行くぞ」 「え?って何?村は嫌だよ、行きたくない。僕は村の人間から忌み嫌われているんだから。行ったって迷惑になるだけだもん」 「大丈夫だ、俺が傍にいるから。よく聞け、イオリ。お前の腹の中には子どもがいるんだ」 「え?子ども…って」 「俺との子だ。俺達に子が出来たんだ、しかも双子が。お前は妊娠してるんだ」 「えぇっ!?」 卒倒しそうになるイオリを慌てて抱きとめると、オラガも深く深呼吸をする。まずは自分が落ち着かなくては。 おろおろと視線を彷徨わせるイオリの身体を優しく抱きしめると、耳元で何度も「大丈夫だ」と繰り返した。 イオリも自分も落ち着かなくては、お腹の子に(さわ)ってしまうかもしれない。 「ああ、イオリ。愛している。まさか、俺達に子が出来るなんて…」 「子ども…。本当に僕は、オラガとの新しい命を授かれたの?」 「ああ、そうだ。しかし、まずはしっかり無事に産まなければ。ここでは男ばかりで赤子の取り上げ方も分からぬから、村にいる産婆のところで産むのが良かろう。今の産婆は、ヤトを取り上げた産婆の曾孫にあたるはずだ。俺が一緒に付いているからお前は何も心配しなくていい」 ふと視線を下げれば、呆然とした顔でぽろぽろと涙を零すイオリの姿が目に入った。 「イオリ、どうした!どこか苦しいのか?」 「違う…。何だか、びっくりしちゃって。だって僕はだったのに…。それでも、子どもが出来るなんて信じられなくて」 「イオリは、子を産むのは嫌か…?」 不安げな顔をするオラガにそっと抱きつくと、イオリはその胸の中で何度も大きく頭を横に振った。 あまりの高揚感に頬が熱くなる。ぽろぽろと溢れる涙を拭いもせずに、イオリは「産みたい」と口にした。憂いや不安などはなく、ただ愛おしい相手(ひと)の子どもを産み育てたいと思う気持ちばかりが胸の中を占めていく。 「オラガ、僕を愛してくれてありがとう」 「どうした、急に…?」 「どうしても伝えたくなったの。家族が増えたら賑やかになるし…その、あんまり交わったりも出来なくなるだろうから。今のうちにたくさん抱きついておこうかなって思って…んぅ」 満たされた想いに包まれながら、ゆっくりと唇を重ね合う。 贄として棄てられ、それでもオラガやヤトに家族として迎えられた中で、イオリ自身が家族の温かさに救われてきた。 そんな自分が家族をもつということはまだ実感が伴わないけれど、皆で穏やかに笑い合う姿を想像して、イオリはそっと涙を零した。

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