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新しい命 5
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ひんやりとした水の感触が頬に触れて、イオリはふっと意識を浮上させた。全身がぐったりとした酷い疲労感の中で、何も考えられないままにぼんやりと薄目を開ける。
「イオリ、気が付いたか」
「…オ…ラガ…?」
「赤子は二人とも無事に産まれた。どちらも犬神の女子 だったぞ」
「ほんと…?どこに…」
「今、ミイナとヤトが産湯に入れて薄めた獣の乳を飲ませてくれている。お前が落ち着いたら会いに行こう。今はゆっくり休め」
「オラガ…」
頬を優しく撫でられて、イオリは心地良さげに目を閉じる。そうして、覚束無い動きで片手を上げると、何かを探すようにふらふらと動かした。
「イオリ?どうした?」
「オラガ。手を繋いでて…」
「ああ。今夜はずっとお前の傍にいる」
「ありがとう」
力なく繋いだ手を、イオリは愛おしそうに眺め続けた。やがて、独り言ちるようにぽつりぽつりと言葉を口にする。
「…オラガ。愛してる…」
息も絶え絶えといった調子であるのに、その言葉はしっかりとオラガの耳にも届いた。
「俺も愛している、イオリ」
「僕は人間だから、いつか…必ずオラガより先に死んでしまう」
「……」
「でも、僕が居なくなっても僕のオラガへの愛は永遠に消えることはないよ。だって、僕らの娘たちが、いつでもオラガの傍にいるんだから。それにヤトもオラガの傍にいる。僕らは人間と犬神だから、その"いつか"がきたらオラガには悲しい想いをさせてしまうけど…。でも、命を繋いでいくことは僕にも出来るから」
「イオリ…」
「どっちつかずの身体がずっと嫌だったけど…こうして命を新たに繋ぐことが出来て、僕は初めて自分の性をしっかり受け止めれたような気がするんだ」
「ああ」
「オラガを愛せて、僕はすごく幸せだよ。最後のときまで、僕の全てでオラガを愛するから。これからは賑やかな時間を皆で過ごそうね」
「イオリ、俺もお前だけを永遠に愛し続ける。お前が日々幸せであることをずっと願っている」
そう答えたオラガの瞳には薄らと涙が滲み、そうして口にした言葉は僅かに震えていた。その姿を柔らかな笑みを浮かべて見つめながら、イオリが口付けを強請る。
唇が重なる感触をゆっくりと噛み締めながら、イオリの意識は再び深い眠りの中へと落ち込んでいった。
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