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五、最愛の日々
「かかしゃま、とんぼ!」
「ちゅかまえたの!」
眉の辺りまで伸びたお揃いの前髪を揺らしながら、娘たちがイオリの元へとぱたぱたと足音大きく駆け寄ってきた。
「アユラ、サユラ、もうすぐおやつだよ。沢で手を洗っておいで」
「「はーい!」」
二人が産まれてから九年ほどの月日が経つが、彼女らは五歳ほどの幼児のままだ。犬神は五歳ほどから成長が緩やかになるらしい。娘らの可愛い盛りをずっと見ていられる、とオラガは至極嬉しそうだったが、イオリの胸中は少しばかり複雑だ。
自分が歳をとって動けなくなるまでに、せめて彼女たちで料理や家事がこなせるまでには育って欲しい。
「ただいま、イオリ」
「お帰りなさい、オラガ」
人里に下りて人間の祭祀に立ち会っていたオラガが、大きな山犬の姿のままでイオリの傍に擦り寄り、そして大きな舌でぺろりと彼の顔を優しく舐める。
「二人は良い子にしていたか?」
「相変わらず元気いっぱいで、遊び相手のヤトがヘトヘトになってた」
「ヤトも妹が可愛くて仕方ないみたいだな」
身震いして人の姿に戻ると、オラガはイオリを優しく抱き寄せた。そうして今度は額や頬、唇へと甘やかな口付けをたくさん降らせていく。
オラガ自身も、見た目はほとんど変わっていない。
「ととしゃま、おかえりなしゃい!」
「ととしゃま、だっこー!!」
「こら、お前達!足元をちゃんと見て走れ!転んで怪我でもしたらどうするんだ――」
言ったそばから、アユラが石にけつまずいて転ぶと、後ろにいたサユラも木の根っこに足を引っ掛けてドテンと派手に転ぶ。イオリは小さな溜息を零し、オラガはこの世の終わりのような叫びを上げて二人の元へと素早く駆け寄って行く。絵に書いたような親馬鹿ぶりである。
幼い頃の自分が感じていたように、相変わらずオラガとヤトは過保護だった。そんな二人に甘やかされて、双子の娘たちは最近少しワガママになってきたような気さえする。
「かかしゃま、おててあらったの!」
「おやつー!!」
二人揃ってオラガに抱っこされながら、娘たちが満面の笑みで手を振っている。ささやかなこの幸福の時間が、イオリには何よりも愛おしい。
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