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8day・fry 3/19

 この1週間で解けた問題は一つもない……。  システム開発部でパソコンに向いながら、またため息をついてしまった。  プログラミングは爽快だ……手を入れれば必ず答えを返してくれる。  整然と並んだ演算子がまるで細胞のようだといつも思っている。隣合う英字数字記号の羅列が摩擦を起こすように静から動を生み出す。初めてパソコンにコマンドを並べた時、真っ黒な画面の中にいくつものカラフルな丸い輪がふわふわと動き出した。こどもの頃のあの感動を今でも忘れていない……。  美しく並べるほどプログラミングは美しく答えを返してくれる。俺はこの世界がとても好きだし、天職だと思っている。  だが今回の案件は机上のプログラムとはあまりに違いすぎる! 普段の人間関係すらぎこちない自分にはあまりにも難解だった。 「来週の金曜日も会いましょうね」  桐生はそう言って唇を放した。  ふざけるな! そう怒鳴って殴るべきだったか……? いやもっと詳しく説明をさせるべきだったか? 何もかも意味がわからなすぎて、何も答えられなかった。   「来週は俺のうちに招待しますね」  そう言って綺麗な顔がにっこりと笑った。何も言えず、何もできず、俺はただ頷いてしまっていた。  そしてこの1週間も何一つ解決しないままの今日だ。 (バカかーー!!)  行かないと言えばいいのか? いや詳しい説明も聞きたい気もする。言葉通りの意味だとしたら奴の家に行くこと自体危険すぎるだろう。つか女子か!  自分にツッコミを入れながらまたパソコンに縋り付いて撃沈した。 『食事なら付き合う』  待ち合わせの1時間前、悩みに悩んでやっと桐生にメールを入れた。これが今の俺の精一杯! ……だ!! 『ありがとうございます。じゃあお店の地図送りますね~〜』  こっちはこんなに悩んだのに桐生からはすぐに軽いノリの返信が来た。なんか、躊躇とか後悔とかないのかよ!  指定されたのは赤坂にある和食の店だった。  そう! このままでは仕事に支障が出る! いや現に出ている! とにかく詳しい説明を聞いて納得するために会うだけだ!  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・  また桐生は少し遅れて来た。こっちは準備万端だ!  アルコールは一滴も入れてない!  今日は絶対にこのモヤモヤを明らかにしてから帰ると決めている! 「先週はお互い酔っていた。だから俺はうまくお前の話を理解できなかったのかもしれない。お前も変なことを口走ったのかも知れない。だからシラフのうちにちゃんと話がしたい」  桐生が席に着くなり話を切り出す。とにかくハッキリさせなければ! 「深森さん。真面目ですね~~先週も言いましたけど俺酔ってなかったですよ。言ったことは言葉通りです。俺はあなたと付き合いたい」  俺があんなに悩んだのに、すっげー軽い答えが帰ってきた。しかもまさかの全肯定。 「……まじか……」 「……まじです」  眉一つ動かさない俳優の宣材写真みたいなすました顔で桐生は答える。 「……じゃ、じゃあ……ちゃんと返事させてもらうけど、悪いけど無理だ」 「そうですかぁ~~残念! まぁいいです。でも俺諦めないですからね」 「はぁ……!?」 「営業のただ一つのコツはしつこさです。とりあえずご飯食べましょーーお酒飲みましょーー」  たった今、振られたくせに、なんでもない顔をして、桐生は店員を呼んで注文を始めた。諦めない営業は尊いかも知れないが、諦めない告白はストーカーだ。  こいつとプライベートで会うのもやめた方がいいな……社長と専務に相談した方がいいのか……しかしなんて言えばいいんだ? 俺の方がおかしくなったと思われそうな気がする。 「難しい顔してないでご飯食べましょうよーー」  少し楽しそうですらある桐生の声が思考を遮り、目の前に料理が運ばれてきた。黒の岩盤に、色とりどりの創作料理が並んでいる。一見、お菓子屋に並ぶ綺麗なマカロンのようだ。カルパッチョやステーキ、デザートまで、全ての料理が半分熱の通っている部分と生の部分がどちらも楽しめるように作られている。悔しいが美味いし、美しい見た目にも気持ちが弾む。  白ワインのような冷酒も口当たりもよく、極上に旨かった。  やばい! またこいつのペースで進んでいる!  ……ダメだ。もっと聞くべきことがあったはずだ。1週間考えに考えた頭の中のtodoリストを引っ張り出す。 「話したいことはまだある。この間、俺の方がお前のことが好きみたいなこと言ってたよな?」 「……言いました」 「あれはどういうことだ?」 「あれは仕掛けです。人間って言い切られると結構弱いんですよ。もしかしてそうなのかも? ……って思っちゃうこともある」  ほとんど生のステーキを口にしながら桐生は答える。柔らかいそれをほとんど噛まずに飲み込んだ。 「2年間の話も?」 「そう。逃げ場所は必要でしょ? 2年位なら非日常を味わってもいいって思うこともある」 「こ、この詐欺師!!」 「心外ですね、恋する男の一生懸命でしょう?」  種明かしをすると桐生は首を傾げながらこちらをジッと見た。 「ははは……」  ……? 桐生が急に笑い出す。  さっきまでの柔らかな雰囲気が一瞬で消えた。真顔で男前のせいか怒っているようにも見える。同じ人間とは思えない。 「……なぁーーんて理由、ほんとだと思います?」 (……は?) 「それは全て後付けで、本当は俺はあなたの心が読めていて、あなたの心の奥底の本当の気持ちが解っているのかもしれない? ……って思いません?」  そんな気持ちがあるわけもなく、全くのデタラメなのに、その目に自分の何もかもが見透かされているような気がしてゾク……っとする。  悪魔が実在するとしたらきっとこんな姿をして現れるに違いない。  綺麗な顔と心底楽しそうな表情。 「正解はあなたが1番知っているはずです」 (ダメだ……こいつヤバすぎる。まともに聞いていたら飲まれる。完全な詐欺師だ……) 「とりあえずあなたは知りたくて仕方ないはずだ。俺という人間を……」

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