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36day・fry 4/16

「……で、僕はなにをすればいいの?」  会議にだいぶ遅れてきた社長の山田(やまだ) 竜聖(りゅうせい)は机に両肘をつきながらにこにこと会議メンバーに問いかけた。相変わらずだな。身長180cm以上もある大柄だが猫背で癖毛、ヒゲだらけの顔は子熊みたいだ。服もピンクのパーカーにスエットで社長感は全くない。  参加メンバーは社長の山田。専務の八魂。営業の桐生。そして俺の4名だ。  山田の問いを受けて、この案件を決めてきた桐生が挙手をして話しだす。 「新生堂様の要望は、ほぼひとつだけです。社長と深森さんのお二人でゲームを作って欲しい。できれば他のメンバーを入れないで開発に当たって欲しい。その代わり内容は自由。小さなアプリゲームでもリアルな実機を伴う大掛かりなバーチャルゲームでも構わないとのことです。大きなプロジェクトになった場合は流石にプログラミングを深森さん一人でというのは過酷だと思うので、制作監督という形にしてもらいました」 「貴族の遊びみたいな案件ですね……」  八魂は桐生から事前に送られてきている企画書をスワイプしながら軽く笑った。 「ま、正直そうなんですよね。新生堂の添島社長がお二人の大ファンで我が社の初期の頃のような自由な発想で作るゲームを作りたいらしいんです。必要であれば新生堂様の持っているノウハウや特許の提供は惜しまないとのことです。ぜひ機会を作ってお二人にお会いしたいと伝言されましたよ」  桐生はタブレットを操作しながらスクリーンに映した概要を説明する。 「ふーーん。さっちゃんはどんなの作りたい〜~?」  何度注意しても山田は同期の俺をこのふざけた愛称で呼ぶ。 「深森でお願いします」 「あーーそうなの~〜じゃあ『深森君』って言いにくいよ!」   「言いにくくても、それでお願いします」  この返しも幾度したか分からない。そして無駄な応答であることも解っていた。 「もう名前呼ばなーい! どんなの作る?」 「そこは社長のお仕事です。私はそれを形にするのをお手伝いするだけですから」 「さっちゃん冷たーーい!どーーしよーーかなーー?」  もう戻ってるし、どうせ聞く気がないのは解ってはいるのだが、社内である以上、言わないわけにもいかない。 「さっちゃんに作ってもらいたいゲームなんていっぱいあるけど、それでいいのかな?」 「もちろん構いません。先方はそれを望んでいますから」  桐生が促すように発言した。 「んーとねーじゃあ、ガチャガチャとかどーー? スマホでガチャガチャするとドローンが家まで届けてくれるの10分以内ね! いやそれじゃ飽きちゃうーーさんぷーん。あ、ドローンってクレーンゲームみたいだよね~〜ドローンでクレーンゲームしたーーい!スマホで出来たら楽しくない? いやスマホも面倒~〜スマートウォッチかな。こう太極拳みたいに手振りで取るの。あとね~音が出る靴。キックする位置とかで音が変わるの〜~踊りながら曲が演奏できたら楽しくない? メガネかけると空間に【ド】とか【レ】とか書いてあって、それをキック! ヨガとかしな がら、みょーーーんとか音がでてそれをBGMにしてみたり。あ、指輪とかでもいいかも~〜ダンスとか楽しくなっちゃうよね〜~あ、指輪から蛍光の色が出て軌跡が見えたらもっと楽しい!3Dプリンターは? さっきのガチャ景品データ納品にしようかーー? そしたら3分くらいで景品渡せるし……」  嬉しそうに早口で喋り出し、全く止まる様子のない山田に、参加者全員、今日は帰れないかも……と覚悟を決めるのがわかった。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・  4時から始まった会議が終わったのは9時を回った頃。  山田の『眠くなっちゃったーー』の一言でようやく終了した。 「深森さんお疲れ様です」  やれやれと開発部のデスクに戻って帰り支度をしていると急に後ろから桐生の声がして思わず体がびくりと跳ねてしまった。 「そんなに警戒しないでください」  少し笑うような桐生の声。 「すごかったですね。初めて社長とお仕事ご一緒しましたけど、あれだけのアイデアが数時間止まらずに出てくるなんてびっくりでした。深森さんのこと『さっちゃん』って呼ぶのには吹きそうになりましけど」 「天然だからな。でもあの人は天才だ」 「俺もさっちゃんって呼びたいな」 「……! ダメに決まってるだろう!」  目線を合わせないようにしているのに、思わず振り向いてしまった。 「冗談ですよ。流石にそれは失礼ですよね」  くそう。冷静に早く話を切り上げたいのに思う通りに揺さぶられてる感覚がする。 「会議内容はすべて録音してあるので、提案していただいたアイデアは整理して一覧にしたらスプレットで共有してお知らせしますね」 「ああ、助かる」 「……帰りに夕飯はダメですか?」 「……ダメだ」 「解りました。今日は帰ります。気が向いたらご一緒してくださいね」  すんなりと承諾すると桐生は開発部を出ていった。その足音が消えるのを確認して大きく息を吐いた。  ……緊張した。この数分の方が、会議よりよっぽど疲れる。

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