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70day・thu 5/20

 リリースは12月イッピからに決定した。  今5月だからほぼ半年、この規模の開発にしてはかなりシビアな日程だが、これはこのプロジェクトに対して山田からのただ一つの社長命令だった。 『これより半月でも遅かったら作る意味ないよ』  誰よりも時流を見ることに長けている山田の勘は外れたことがない。見ているというより動物の危機回避能力みたいな気もするが、創業以来この舵取りが幾度も会社を救ってきたことを誰よりも身に染みて知っている。だからこそ絶対に守らねばならない最重要事項だ。  並行して手がけている案件を全て部下に任せ、可能な部分は外注。それでも1人では難しいと判断して部下の真部(まなべ)友久(ともひさ)に補佐についてもらい今回のプロジェクトに専念することにした。  かなりタイトで難しいとはわかっているが、この心踊るプロジェクトをどうしてもやり遂げたかった。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「お疲れ様です」  9時過ぎ。そろそろ帰ろうかと思っていた時に後ろから桐生の声がした。今回の案件で毎日のように開発部に顔を出すからさすがに以前のように飛び上がることは無くなった。  慣れって怖いな。とにかくあの件は頭の中で何重にも密封した上、地中深く埋めてある。今はそんなことに気を取られている場合じゃないのだ。 「お願いしている俺が言うのもなんですが、あまりハイペースだと体壊しますよ」 「大丈夫だ。順調に進んでいるし、何より楽しいしから苦にならない」 「あの……絶対に絶対に何もしませんからご飯食べに行きませんか?」 「……! お前!」  言ってる側から掘り出すな! 「だって深森さん。すっごい痩せてます! やつれてます。ちゃんと食べてないでしょう?」 「……食べてる」  言われて気づいた。食べてない。朝から? いや昨日の夜からか? 昔から楽しいとつい寝食を忘れてしまう……。 「……楽しいからいいんだ」 「なんですか、その理屈! そんなんだから『プログラムに欲情する変態』って言われるんですよ!」 「なんだと! 誰がそんなこと言った?」  問い詰めると珍しく桐生がしまった! という顔をした。 「あーー秘密ですよ。専務です」  八魂か……くそう。あいつでは言い返せない。 「とにかく! 1時間でいいから付き合ってください!」  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「すげーーうまい!」  有無を言わせず連れてこられた会社の近くのスッポン料理の店で雑炊を食べさせられた。体に染み入るように美味い。 「滋養もつくし、消化もいいですよ」  言いながら桐生は土鍋からおかわりを掬って俺のお椀に入れた。 「お前いい店ばっか知ってるな」 「営業ですからね。少なくなったとはいえ、まだまだ接待って有効なんですよ。何より俺が相手のこと知りたいですからね」  いいやつだとは思う。  ただの後輩だったらきっといい関係が築けたはず。  なぜ恋愛でなくてはならないのだろう……。  やばい。地中から色々漏れ出し始めている。 「俺、社長もそうですけど、深森さんと仕事してほんと驚いて感動してます。こんなにスムーズでワクワクする仕事初めてです。深森さんの実力にも正直驚きました。さすがあの専務に変態って呼ばれるだけありますよね」 「あいつは嫌味で言ってるだけだ」 「すごい認め合っていていい関係だと思いますよ」  美味い雑炊をたらふく食べ満足していると、目の前にお茶が差し出される。安定の気ぃ使いだな。それを受け取ると、そのまま桐生がジッとこっちを見ているのに気づいて途端に居心地が悪くなる。だめだ動揺するな。 「深森さん。すみませんでした」 「何がだ?」 「俺すごい生意気で思いあがってました。無神経なことたくさん言ったし。あなたを好きなことは変わってませんが、もう絶対困らせるようなことはしません」  殊勝に言われてどうしていいかわからなくなる。  しかし、無理なものは無理だ。 「諦めるという選択肢はないのか?」 「……それは、ちょっと……まだ無理かな……」  桐生は困ったように笑った。  くそう。ずるいぞ……。  俺はまだお前がペテン師だという嫌疑を解いてないからな。

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