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254day・sat 11/20

 あーーーもうダメだな。  もう言い訳は出来ない。  たいして酒も入ってなかったし、逃げようと思えば逃げられた。  ……でも俺は逃げなかった。  やっぱり俺はこの男に惹かれてるんだろう。  横に眠る桐生を見ながらもう認めざるを得なかった。 「深森さん?」  目を開けた桐生は嬉しそうに笑って俺の体を引き寄せた。 「体大丈夫ですか? ちょっと傷になってないか見せて下さいよ」 「ば、ばかか! そんなこと心配しなくていい!」 「何言ってるんですか? 痛いのはダメですよ。俺とのセックスは気持ちいいとだけ思ってもらわないと」  なんだろう……この彼氏スキル。  俺ほんと今まで付き合った彼女達に土下座したい。  今なら彼女たちが俺を見限ったのもよーく理解できる。  桐生みたいな気遣い一度もしたことがなかった。 「なあ、聞いていいか?」  なんだか気恥ずかしくてなんとか話題を変えてみる。 「なんですか?」 「お前ひどいヤケドの跡があるな?」  浴室で気がついたが、桐生の左の内腿には大きなヤケド跡があった。 「……ああ、これですか? 子供の頃アイロンに触っちゃったんです」  (触った……?) 「別にもう痛くもないし、見えないところだから何もしてないんだけど、深森さんが気持ち悪いなら治してもいいですよ」 「そんなこと言ってないだろう!」 「ふふ……そういうところも好きですよ。じゃあ一緒にシャワー浴びて傷がないか確認しましょうか?」  なんかケムに巻かれた気がするが、なんとなくそれ以上触れない方がいい気がしてその話は終わりにした。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「深森さんお腹空いてません? ルームサービス頼んでもいいけど、体大丈夫そうなら外、出ませんか?」  着替えながら桐生が聞いてくる。結局あれから浴室でもう一回やってしまい……もう13時をまわってしまっている……体はぐったりだが、確かに腹が減ってるし、それになんかもう、早くこの部屋を出たい! 「土曜日だし、スーツだと窮屈でしょ?」  確かに休日の銀座は買い物客で賑わっていてスーツ姿はあんまり合わないかもな。  食事に行く前に桐生がよく行くという店に連れて行かれ、また上から下まで服をコーディネートされた。なんだろう。俺の人生にあるはずのないはずのことが立て続けに起きすぎていて、思考停止したまま、もうなすがままだ。  桐生は手際よく自分の服も一式選んで着替えると店員が持ってきたキャッシュトレーにカードを乗せて渡そうとしている! 「ちょっと待て! 俺が払う!」 「いいじゃないですか。俺が買いたいんだし」 「ふざけるな。俺の方が年上だし、上司だ」 「今時、何言ってんですか? オヤジくさいですよ」  男同士で買い物して揉めてるのに店員は誰ひとりとして表情を崩さない。プライベートに一切関わらないというスタンスが徹底されているんだろうな。一流店ってすごい。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「まったく!」  結局負けて全部払わせてしまった。一体いくらかかったんだ? 服に大金を払う習慣がない俺にはいまいち想像がつかない。 「深森さんはお酒頼んでくださいね」  すぐ近くのロシア料理の店に入ると、ホテルに車を置いたままにしている桐生はペリエを注文した。 「いや俺もそれでいいよ……」  ボルシチを飲みながらしみじみと回想してしまう……。  あの店の店員に絶対ゲイカップルって思われただろうなーーーーいや……間違ってはいない、いないが! 俺の心はまだそのパワーワードに耐えられない……!!   大体自分の行きつけの店って言ってたのに桐生は平然としてるし、どんな神経してるんだ。 「開発部は基本、服装自由ですもんね。会社でも着てくださいね」  桐生の選んでくれた服は淡いオレンジのシャツにベージュのパーカージャケット、細身のカーゴパンツなんて自分では絶対買わない組み合わせだったが、明るく、着心地もいいし、実はすごく気に入っている。  そういえば、スーツじゃない桐生の姿を見るの初めてだな。  淡いブルーのハイネックのセーターとスタンドカラーのグレーのジャケットが良く似合っている。 「スーツも良かったですけど、カジュアルも良くにあってますよ。ずっと深森さんの服選んでみたかったんですよね」  くそう。ずっとダサい……とか思ってたんだろうな……。 「思ってませんよ」 「お前!」 (またかよ!) 「顔に出過ぎです。俺じゃなくても解りますよ。ちょっと地味だなーーとは思 ってました。もったいないって。深森さん色白だし、 もっと明るい服も似合いそうなのにって」  桐生は笑いながら、そう言ったが、すぐに自分の言葉を考え直すように、顎に手を置いた。 「でもあんまり格好良くしちゃうと、俺的にはまずいかも」 「……?」 「ライバル増えちゃうでしょ?」 ' 「……ばかか!」  ほんと全てが恥ずかしい! なんで俺相手に、そういうセリフがペラペラ吐けるんだ!    ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「明後日から忙しくなりますからね。本当は今日も一緒にいたいけど我慢します。ゆっくり休んで下さいね」  車から降りようとすると、腕を引かれて桐生が不意にキスをしてくる。  息が苦しくなる位の長いキス。名残惜しそうに幾度も幾度も繰り返す。 「俺のとのこと忘れないようにね……」  最後に軽くキスをされるとやっと解放された。  自分のマンションの前で桐生の車を見送りながら、呆然と立ち尽くす。  もうやだ。なにあのハイスペ彼氏。

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