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295day・12/31 296day・1/1
秋田駅から在来線で30分の温泉地にある実家は観光地ではあるが結構な田舎だ。雪はやんでいて良かったが、だいぶ積もってるし極寒だった。実家に泊まればいいと勧めたが、桐生は遠慮して駅前のホテルを取ったので取り敢えずチェックインしてから実家に向かう。
「重装備で来て良かったですね」
電車から降りるとお互い吐いた息がまっしろだった。久しぶりで油断しそうになったが桐生の言うとおり着込んできてよかった。それにしても単線の鄙びたホームに似合わねーなーー写真集でも撮りに来た俳優みたいだ。
「話は聞いてるわよーーゆっくりしてってね」
母さんとは久しぶりに会ったが、声はでかいし元気そうで変わらずだな。事前に後輩を連れて行くと連絡を入れておいたので、桐生のことも笑顔で歓迎してくれた。
「すみません。ご家族だけでおくつろぎの時にお邪魔してしまって……」
「あらーーやだ! 何この品のいい男! 大丈夫よーー誰が来ても構わないわよーーちょっと増えだって全然わかんないわよーーでもこんたえ男じゃバレっバレねーー」
母さん見栄張って標準語喋ろうとしたみたいだけど、全然持たなかったな……。
「いいお母さんですね」
居間に入ると、お茶とお菓子を持ってきてくれた。俳優顔は、このザ・日本間にも似合わねーなー。
「フツーーだろ」
「深森さんに似てますね」
「そうか? すげー騒がしいだろ? 看護士してるからか世話焼きなんだよなーーこれからもっとうるせー親戚どんどん集まってくるぞ。大丈夫か?」
まぁもう来ちゃってるし、今更だけどな……でも絶対お前の想像以上のが集まってくるぞ。
「全然大丈夫ですよ。むしろ嬉しいです」
なんかそういうの嫌いそうなのになーー俺だったら知らない家で知らない人間ばかりを相手しなきゃならないなんてストレスでしかない。
けれど桐生はいつもより機嫌良さそうに似合わない饅頭を美味しそうに食べていた。やっぱこいつについて、まだまだ知らないことが沢山あるなーー。
まあ、俺はめっちゃ落ち着くけどな……。
懐かしい家の匂いと、秋田銘菓と濃いお茶が体に染み入る気がした。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
「お前、大丈夫か?」
宴会の席で押し寄せてくる親戚をそれとなく押し止めながら、桐生に尋ねた。
親戚中がめったに拝めない都会的な男に色めき立っている。おばちゃんまでならわかるがおじちゃん連中まで何浮きたってんだよ。
「もっとのめーー」
桐生の顔を間近で見たいがために次々と酒を注ぎにやってくる。料理も山のように置かれていた。
「ちょっと、もう勘弁してしてやってくれよ。倒れたらどうすんだよ?」
「若ぇし大丈夫だべ? なんだ理、東京弁が?しったげすかした物えするようになったなー?」
もう完全に出来上がっている叔父の安雄はゲンコツで俺の頭をぐりぐりと撫で回す。力つえーーよ!
「あんたに、めんこがってけだどもーーなんだよーー都会の絵の具さ染まっちまったなーー!!」
毎年こーだろー!あーーもうめんどくさい!
横を見ると従兄弟たちがまた桐生を取り囲んで酒を注いでいた。
「お前も断れよ!」
「美味しいですよ」
桐生は注がれた冷酒をグッと飲み干した。
「おおーーーにっちゃ。やるなーー!」
場がわっと盛り上がった。
桐生の限界値がどこまでなのかは知らないが、酒好きの秋田の男たちの洗礼は半端ない。いつひっくり返るんじゃないとヒヤヒヤする。
ふいに、かけっぱなしだったテレビのアナウンサーが年明けまであと1分だと告げた。それを聞いた大人達が一斉に声を上げる。
『年明げるぞーー!』
声を合図に子供たちが慣れた様子で、家中の窓やドアを開けて回った。実家では開けられる場所は全て開け新しい年の新鮮な空気を入れるのが慣例だった。
「さみぃーーなーー」
北国の容赦ない冷気が部屋に入ってきてピリピリと肌に痛いくらいだ。やっぱりこっちの寒さは半端ない。
『10・9・8・7・6・5……』
酔っ払いと子供が大きな声でカウントダウンを始めた。
『……4・3・2・1!』
「あげましておめでどうーー!」
「さーー飲むぞーーーー!」
秋田の男衆が一升瓶を持って歓声をあげた。
これからが本番かよ!
逃げなきゃ流石にやばいかも。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
子供たちにも無事にお年玉を配り終わり『泊まってげよーー』という泥酔したナマハゲのような親戚たちをやっと巻いてホテルに戻ってきた。いつ来てもほんと騒がしい、やれやれだ……。
「深森さんは、ご実家に泊まればよかったのに」
「あんなところに残ったら酒漬けにされて殺されるわ」
「いいですね〜〜あんな環境で深森さん育ったんですね」
ホテルに帰ってきたベットの上で水を飲みながら桐生は楽しそうだ。
「ほんと大丈夫なのかよ? 俺だってあんなに飲んだことないぞ」
俺も結構強い方だと思ってるが、あの様子だと俺の限界以上に飲んでいる。
「んーー多分大丈夫です。俺、結構強い方なんですよ。でも今日は過去イチ飲んだかも」
桐生はばったりとベットに倒れ込んだ。
寝落ちしたか? と顔を覗きこむと、急にテンション高く喋り始める。
「すげーー楽しかった。こんなご家庭もあるんですねーー1番上の叔父さんの高雄さんは68歳。奥様は優子さん60歳。公務員を退職されてからは月に一度秋田市の大型ショッピングモールにお孫さんを連れて出かけるのが楽しみで、2番目の安雄さんは65歳。奥様の由美子さんも65歳。安雄さんはDIY、由美子さんは手芸が趣味で近くのホームセンターによく仲良くお出かけされるそうです。息子さんの貴教さんは不動産会社勤務で奥さんの京子さんと職場結婚……」
「お、おい! 何俺の親戚のプロフィール覚えてんだよ?」
しかも全部合ってるし。
「何かおかしいですか?」
……ん? こいつ酔ってる?
全然顔色変わってないけど、やっぱだいぶ酔ってんのか?
「いいな〜〜深森さんばっかずるいーー」
「何がだよ」
「親戚中のみんなに愛されてーー」
子どものように拗ねた口調でそう言いながら抱きついて来た。
なんだよ。それ。じゃあ、お前は家族に愛されてないってことか?
「俺もーー」
酔っ払った熱い体で強く抱きしめられる。なんだか俺も酔っ払った頭で悲しいんだかなんだか、複雑な気持ちになって桐生の体を抱きしめ返した。
「俺が愛してるからいいだろ……」
「ほんと……?」
ふいに口をついた言葉に、自分でも驚いたが、ああ、そうなんだろう……と自分でも認識すると肩の荷がおりたような、楽な気分になった。
「嬉しい! すっげーー嬉しい!!」
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる力が異常に強い。やっぱこいつ酔ってんだな。
「いてーーよ」
「すみません。つい嬉しくて……」
本当に嬉しそうに自分を見る桐生を見ると胸が苦しくなる。そう俺はこの男が好きなんだ……今まで誰にも感じたことのないこの感情が恋なんだろう……。
「さすがに今日は勃たなそう〜〜残念。でもこうやって寝ましょうね〜〜」
抱きしめられたまま二人でベットに倒れ込んだ。
桐生の嬉しそうな顔が目の前にあって、抱きしめてくれる体温が気持ちいい……ずっと考えていた答えが出た気がした安堵感と大量に飲んだ酒と長旅の疲れで、流石に眠くなってきた。
「やっと捕まえた……」
耳元で桐生の低い声が聞こえた気がしたが、そのまま意識が遠のいた。
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