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365day fry 3/11

 桐生の誕生日。  プレゼントを何にするかは決めていたけれど、どれを買ったらいいのか……色々金使わせちゃってるからこういう機会に返したいんだけど、何せ高価な物の価値とかがよくわからない。  新宿のデパートに行き、店員に勧められるまま1番高い物を選ぶという最低な感じで選んだがどうだろ? 気に入ってくれるだろうか。高けりゃいいってもんでもないのかな? シンプルなものにしたつもりだけど。 「すご……ありがとうございます」  オレンジの箱に入った黒い革の名刺入れを手に取って桐生は礼を言った。 「大丈夫だったか?」 「何がです?」 「お前、営業だから名刺入れがいいかな? って思ったんだけど、ブランドとか、よくわからなくて店員さんに色々アドバイスしてもらって決めたんだけど……」 「このブランドでハズレな訳ないですよ。しかもベーシックなタイプだし。ありがとうございます。すごい嬉しい。これから名刺出すときドヤ顔できます」 「そうか、よかった」  桐生の嬉しそうな顔を見てホッとした。誕生日だから外食にしようかとも思ったがゆっくりしたくて、ついでにデパ地下で惣菜やケーキ、酒も買い込み桐生の家で家飲みにした。  ……穏やかだな。  社会人になってからこんなふうに誰かと過ごすことも無くなっていた。仕事が楽しかったし、全然寂しいとも思ってなかった。むしろプライベートの時間を誰かに割くのは煩わしいくらいに思っていたのに……。 「ねぇ深森さん、一緒に住みませんか? そしたら平日も一緒にいられるし……」  食事をする手を止めて不意に桐生が言った。  週末はどちらかの家で過ごすことが多いが、同じプロジェクトに関わっていた時とは違い、今は平日に顔を合わせることはほとんどない。  どうなんだろ? 桐生となら、それも楽しいかもしれない。同棲ってことになるんだろうか……少し、気恥ずかしい気持ちになる。 「今日は俺の誕生日でもあるけど、覚えてます? 明日は深森さんと初めて食事した日なんですよ」 「そうだったっけ? よく覚えてんな。最初すげーびっくりしたなーー」  あれ? 何か、何か引っかかる。  初めてこいつに会った時に俺は何を思ったんだっけ? 「ね、前向きに考えてくださいよ」  ワインを飲みながら、桐生はやけに楽しそうだった。  背中を走るゾクゾクとする既視感。俺はあの時絶対に忘れてはならない何かを感じていたはずだ。 「だってあと1年じゃないじゃないですか? 毎日を大事にしないと」  にっこりと笑う桐生の顔に見覚えがあった。  そうだ。最初に会った時と同じ底知れない何かを感じる冷たい表情。  目の前の光景がグラリと歪む。  ずっと解っていたのに、ずっと見て見ぬふりをしてきた歪なものがここで一気に露呈した気がした。 「ちょ……ちょっとトイレ」  う……っと、吐き気が込み上げてきて慌ててトイレに飛び込んだ。気持ち悪すぎて胃の中の物全部出たんじゃないかってくらい吐き切った。  胃液で喉がやられてヒリヒリする。  まだ収まらない吐き気と、思わずでた涙の中でやっと気がついた。  あれは便宜上の約束事なんかじゃないんだ。  あのゲームはずっと施行されていた。未来の無い恋愛ゲーム。  こいつは俺のことなんか好きでもなんでもないんだ。  それなのに俺は何を浮かれて……。  気持ち悪い……。  自分が、どうしようもなく気持ちが悪い……。 「気分でも悪いんですか?」  扉を叩く音がする。長く洗面所にいる自分を気遣った桐生の声がした。今は顔を合わせたくない、けれど出ないわけにはいかなかった。 「大丈夫だ」  自分が勝手に期待して都合の良いように曲解しただけで、桐生は何も嘘を言っていたわけではない。けれど今すぐここから逃げたかった。ひとりになりたい。 「ちょっと食べ過ぎちゃったかもしれないですね。深森さん、たくさん買ってきてくれたから」  桐生の気遣いも何もかも、気持ち悪い。帰りたい。  桐生の話すことが遠くに聞こえる。  飲み物を飲むことも、固形物を口に入れることも苦痛でしかなかった。  もうとっくに限界を超えている……。  なんでもいい。体調を理由に帰る。  意を決して、立ち上がるといつの間にか桐生がそばに来ていて抱き寄せられた。 「抱きたい。深森さん。抱かせて」  無理。無理だ。今日だけは絶対無理! 「悪い。体調が良くないんだ。勘弁してくれ」 「今日は特別な日なんです。お願い。俺めいいっぱい優しくするから付き合ってください」  桐生の瞳は優しい言葉で絶対に逃さないと笑っていた。  こいつ。すべて解ってやってるんだ…!  体調が悪い時に、無理にしたことなんか一度もないのに!  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・  笑える。  愛してるから気持ちいいとか、  なにくだらない言い訳してたんだろう。  全然変わらねーじゃねーか。  器用な桐生に抱かれれば堪らなく気持ちよくなる。  お互いの気持ちなんか無くたって全然成立するんだ。  ……最悪だ。 「ねぇ。深森さん。同棲のこと考えてね」  自分を抱きしめながら、桐生は甘ったるい声で囁いた。  ……痛い。胸が苦しい。  どうしようもなく惨めで滑稽で、それ以上に愛されていなかったんだという事実が何よりも悲しいと思う自分が本当に哀れだと思った。  なあ、桐生このゲームは楽しいのか?

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