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455day thu 6/9

 洗面所の鏡に写る顔色の悪い自分の姿には、首元から胸にかけて赤黒い跡がいくつもついていた。  浴衣着るんだろうし、絶対に隠せないだろうな……。 「ごめんね。つい夢中になっちゃって」  背中から抱きしめてきた桐生は殊勝な声で謝った。  しらじらと言う顔が憎たらしい。 「体調悪いから行けないって連絡しましょうか?」  お前から? 社長に?   ほとんど寝れなかったし、このまま行ったらほんとに体調不良で倒れるかもな。 「支度する」  7時過ぎたか……8時には家の前に車をつけると言っていた。山田は遊びの約束は絶対に違えない、急がないと。シャワーを浴びて、とりあえず軽く荷物をまとめた。財布と下着と携帯、ノーパソくらいを持っていけばいいだろう。 「ほんとにごめんなさい……」  玄関先で神妙な顔をして桐生はまた抱き締めてきた。 「もういいよ」  俺は怒ってはいないよ。困っても。  ただ悲しい。これが本当にお前の嫉妬だったら嬉しくて嬉しくて仕方がないくらいなのにな……。 「鍵はちゃんと閉めて出てくれ」 「わかりました。気をつけて」  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「さっちゃん……!!」  真っ赤なジープに乗り込むと山田は俺の顔を見て悲鳴を上げた。だからその呼び方! と思うが突っ込む気力もない。社内じゃないし、どうでもいいか……。 「顔、真っ黒だよ……!!」  真っ黒ってなんだよ……と思うがこれも突っ込む気力なし……。 「ごめんね~〜温泉どころじゃなかった? 病院の方がいい?」 「……いや、いいよ。俺もゆっくりしたかったし」  なんかもう、どうでも良かった。山田と一緒はどうかと思うが、今は家でも会社でもない場所に行きたかった。 「じゃ、寝てて。寝てて。着いたら起こすからさ」  ふわふわのブランケットが頭から降ってきた。  同期とは言っても社長に運転させておいて寝るのは悪いとは思ったが、流石に限界でリクライニングを倒して少し休ませてもらうことにした。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「ご飯食べれる?」 「……!」  目を開けると山田が心配そうに自分を覗きこんでいた。 「……え、ここどこ?」 「禧久屋さん~〜『そろそろごはんどうですか?』って」  温泉宿に着いてる!  つか部屋って。もしかして寝たまま運んでもらったのか? 「もっと寝てたかった? お腹空いてない?」 「……ごめん。まさかこんなに寝ちゃうなんて」 「大丈夫~〜もう温泉3回も入っちゃったし、売店でみんなにお土産も買ったよ」  うち40人位しか社員いないんだけど……絶対100箱以上はある温泉饅頭が部屋の隅に山になっていた。 「さっちゃんやっぱり疲れてたんだね~〜有給もっととってよーー凛ちゃんには俺から強く言っておくから!」  ……! 専務!!  今何時だ? 6時過ぎてる! スマホを覗くと鬼電と鬼メールが山のように! 無事に着いたという連絡を待ってるに違いない。  やばい……怖すぎる。  『遅くなってすみません。無事に着いてます』  電話をかける勇気はなく、とりあえずメールにしておいた。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「美味しかったね~♪ やっぱ禧久屋さんのご飯さいこーー!」  温泉宿の禧久屋は強羅で創業400年、幕末から続くという老舗旅館だ。山田のお気に入りだという別邸の部屋から見える大きな庭では、やぐらで焚き火が焚かれていて、パチパチと心地よい音がここまで聞こえてきた。  お腹パンパーン! と身振りしながら山田はもこもこの座布団に顔からダイブした。 「さっちゃんさーー仕事辛い?」 「? いや仕事は好きだよ」 「じゃあ何か辛いことあるの?」  山田は180センチ以上もある体を丸めてゴロゴロしながらヒゲだらけの顔で聞いてくる。 「言いたくないなら言わなくていいけどさーーでも何か俺にできることがあれば言ってね。俺さっちゃんにはすっごい感謝してるんだ。さっちゃん在学中からいっぱいスカウト来てたのに形にもなってないうちの会社のメンバーになってくれてさ。俺の思う通りのアプリいっぱい作ってくれたし、なのに何にも欲しがらないしさーー給料上げる?」 「いや十分貰ってる。好きなことさせてもらってるし」  優しい……裏表のない山田の性格がいまの俺の心に物凄く沁みる……。 「温泉入ったらどうせバレちゃうからバラしておくけど……」  こんなもの山田に見せるのも悪いと思うが、なんか俺、今色々口に出さないとダメになる気がする。自分の襟元を引っ張ると喉もとの赤黒い跡を見せた。 「……!」  山田の顔がみるみる赤くなった。 「……え、ええと……すごく情熱的な彼女だね……」 「相手男なんだ」 「……えええーーー!! だってさっちゃん学生時代ずっと彼女いたじゃん!」 「なんか成り行きでさ」 「……そ、そうなの? そういうものなの?」 「ちょっとだけ話聞いてもらってもいい? 俺今ちょっとダメになっててさ……」 「聞く! 聞くよ! さっちゃんの体辛くないならお酒飲みながら朝まででも話そう!」  山田はガバッと起き上がると向かいに座り酒を勧めてきた。 「ありがと」  優しい……山田の方がよっぽど俺に愛情があるよな。  

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