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582day fry 10/14
「すごーーい!」
招待された新生堂の添島社長の家に着くと山田は歓声を上げた。
「危ないですから、窓から顔を出さないでください!」
八魂は山田のパーカーを引っ張って席に戻す。
桐生の方で幾度かやんわり断ってくれていたのだが、改めてお礼がしたいとの添島社長の強い要望に折れて、山田、八魂、桐生、俺の4人で添島社長宅を訪れることになった。
渋谷にあるとは思えない。巨大な敷地の中に立つ真っ白な建物。私邸というより美術館みたいだ。車ごと門を潜ると守衛さんに駐車場まで誘導された。
「ようこそいらっしゃいました!」
車を降りて駐車場からエレベーターで建物内に入ると大理石でできた巨大な玄関に繋がり、添島社長が両手を広げて待っていた。
「本日はお招きいただきありがとうございました」
桐生が挨拶すると満面の笑顔の添島社長に促され皆で中に入る。
「すごーーい! あれいいなーー乗りたいーー!」
山田が目をキラキラさせて覗き込んだ玄関のエントランスの横には遊園地みたいなアトラクションがあり、小さいけれど観覧車が回っていて、汽車も走っていた。どれもほんとに乗れるらしい『後でご案内しますよ』と添島社長は上機嫌だ。
「【celldi】発売時以来ですね。もっと早くご招待したかったんですけど、予想以上の反響でだいぶ遅くなっちゃって申し訳ありませんでした」
断っていたのはこっちなのに、全然気づいていないみたいだ。超ポジティブ。
「ブッフェ式にしたので、シェフに言って好きなものを頼んでください」
ホテルか? と思うくらいの大きなリビングに置かれたオープンキッチンに和洋中のシェフが食材を並べ待機していた。
「開発時はお邪魔したくなかったので、こういった席も設けられなかったんですが、今日は心置きなく、お二人のファンとしてお話しさせていただきたい」
「はあ……」
添島社長はテンションが高くて圧が強い。ついでに顔も濃い。山田と俺のファンだと言って良くしてくれるが、俺はそんなに面白い人間じゃないし正直どうしていいか困る。
「あまーい、うまーい! ふわふわ! なんでも聞いてーー」
好物の穴子寿司を頬張りながら、山田が軽いノリで返事をした。
「じゃ、じゃあ【typeCCA】のアプリについて」
添島社長は興奮気味に話を切り出した。
すごい。俺が大学時代に作った名前もついてないプロトタイプのアプリ。そんな事まで知ってるんだ。ファンってお世辞じゃないんだな。
添島社長は次々に質問を投げかけてきた。アイデアは山田にテクニカルは自分に。懐かしい話題にまるで学生時代に戻ったみたいな気分になる。
まだ何の責任も、利益も考えず、ただ楽しいと思ったものを作っていればよかった。次々と持ってくる山田のアイデアを夜通し討論して組み立てて、形にして。いつの間にかそれが仕事になって、ずっと恵まれてはいたけど、最初の頃のような楽しいという感覚を忘れていたかもな。今回のプロジェクトで桐生と添島社長がそれを思い出させてくれた。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
「今度は観覧車に乗せてねーー」
山田と添島社長はすっかり仲良くなってようで次回に遊ぶ約束までしていた。
精神年齢が近いんだろうな……。
山田と八魂を自宅まで車で送り、そのまま桐生の家に向かう。
「大丈夫か? 退屈だっただろ? 話マニアック過ぎたよな。お前運転手だから酒も飲めなかったし」
添島社長の興奮は止まらず、インディーズバンドのファンとの会話みたいな桐生の知らない会社創設時の話と、プログラムについてばかりになってしまった。桐生と八魂は辛いだろうな……とは思ったが上機嫌の添島社長とノリノリで話す山田を途中で止めることも出来ず、ずっと話し込んでしまった。
「そんなことないですよ。初期の会社のことや、俺の知らない深森さんのことたくさん知ることができましたし。創業時すごい楽しそうでしたね。俺もその頃、知り合いたかったな。10年前って俺まだ高校生ですもんね。さすがに接点ないですよね」
改めて考えると、6歳差って大きいな。ちょっと罪悪感が生まれる。俺が大学で山田たちと起業した頃に、桐生は高校生か。孤独に過ごしていたのかな。すげー美少年でモテたろうな。
「モテました」
(またかよ!)
桐生が笑いながら勝手に俺の心の中の声に返事をした。
「でも、うわっつらで寄ってくる女子ばっかで全然続きませんでしたね。俺が期待に反することをするとすぐ離れてくし」
こえーな。お前JKに何したんだよ。
「深森さんがいちばんです」
1番自分のことが好き。だろ? JKを押しのけてこんなおっさんが勝ち抜くとはなーー。
「俺もだよ」
「ホントですか?」
桐生は本当に嬉しそうに返事をする。
「ああ。お前がいちばんだ」
「最近深森さん優しいですね」
まるで犬がシッポを振っているみたいに上機嫌だ。
こんなの誤解するなって方が無理だろう……本当にタチが悪い。
「素直になったと言って欲しいな。あと半年だから言いたいこと言っておかないとな」
「ふふ。じゃあ今日は何してもらおうかな」
「……こえーな。6歳も上のおっさんなんだからな。少しは手加減してくれ」
桐生は壊れている。
だがそれを容認する俺の方がもっと狂っているな……。
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