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653day sat 12/24

 夕方『深森さんの誕生日だから美味しい物食べに行きましょう』と車で連れ出され、着いた場所は鎌倉のホテルだった。  築120年余の古民家を改装して作られたというホテルは絶妙な和洋折衷な仕様で、もう暗くなった周辺を宿からのオレンジ色の明かりが上品に照らしていた。 「俺もお酒飲みたいから泊まりにしました」  誕生日にしれっとホテル取るとかほんとすかしてる。全然不自然じゃないところがまた憎らしいとこではあるけどな。 「色々考えたんですけど、いい誕生日プレゼント思いつかなくて、今日は深森さんが望むことなんでもします。もちろん俺ができることで、ですけどね」  ホテルのバーで酒を飲みながら桐生がふいに提案した。ほんとハイスペ彼氏だな。女子なら指輪とかねだるのかも知れないが俺は欲しいものなんて思いつかない。 「なんでも?」 「ええ。できることでですよ」  白ワインを口にしながら王子様は優雅に笑う。  本当に欲しいものをもらうのは不可能だ……だからこうしているだけで十分だよ。何もいらないと口にしようとした時、ふと思いついた。 「……じゃあ、俺の質問に答えてくれ」  思わず詰め寄るように言った俺に桐生は貼りついた様な笑顔を見せた。 「あーーそうきましたか? もうちょっとロマンチックなおねだりを期待してたのになーー」  はぐらかすように言ったが、明らかに動揺しているのがわかる。 「いいですよ。約束ですからね。何が知りたいんですか?」  悪い……とは思う。でもどうしても聞いてみたかった。 「お前が前に言ったヤケドの話は本当か?」 「……本当です」 「あの広範囲のヤケドはタバコだけじゃないだろう? その上から自分でやったのか?」 「……そうです」 「母親を守るためか?」 「……そうなりますかね……」  平静を装っているが、明らかに桐生の顔が青ざめている。かわいそうなことをしている。だけど今しか聞けるチャンスはない。 「父親とも不仲なのか?」 「ひどいことばっか聞いてくるなーーほんとに俺のこと好きなんですか?」  目線を外すと桐生は笑いながら話を逸らかした。 「答えたくなければ、答えなくてもいい」  もう……十分だな。せっかくの俺の誕生日のために色々考えてくれたのに、これ以上追い詰めるのはやめよう。そう思い直した時に桐生は白ワインを飲み干すと言葉を継いだ。 「不仲なんかじゃないですよ。無関心です。親父は母が全てなんですよ。母が愛さない俺はいないも一緒です。たとえ母親が俺を殺したとしてもきっと綺麗に揉み消してみせるでしょうね。母親が浮気して作った弟は溺愛してますけど……」  青白い顔で淡々と桐生は答えた。まるで他人事みたいに……。 「気はすみましたか?」  想像通りの答えだったけれど、想像以上に辛い……せめて父親だけでも…と思ったが、両親どちらからも愛されず育ったということか。  言葉を継げずに黙っている俺を見て桐生はにっこりと笑った。 「深森さんが心配してくれるほど不幸じゃないですよ。身の回りのことはハウスキーパーや家庭教師がなんでもやってくれたし、もちろん飢えたこともない。学校だって好きなところに行けた」  だけどお前は自分を愛してくれる人間をずっと必死に探してるじゃないか……。 「気が済んだなら深森さんの誕生日を楽しみましょう。そろそろ出てくる和牛フィレがめちゃ美味しいんですよ」  桐生はもうこれ以上踏み込んでくるなとばかりに分厚い仮面をつけると『合わせて赤ワインにしましょうか』と優雅に追加オーダーを出した。

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