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731day sun 3/12

「2年間ありがとな桐生。俺の家の鍵を返してくれ」  代わりに、この部屋の鍵を机の上に置くと桐生は慌てて近寄ってきた。 「深森さん。ちょっと待ってください。おかしいです」 「何がおかしいんだ?」  思った通りの反応。機嫌の良さそうだった桐生の顔色は一変している。 「あんな約束、嘘に決まってるでしょう? 俺は別れるつもりはありません」 「その割にはずいぶん揺さぶってくれたな。お前がその気がなくても俺はそのつもりだ。返せ。お前が言ったんだろ?『一度くらい結婚してみたい。彼女が出来たら綺麗に別れてあげます』って」 「好きな人が出来たんですか?」 「お前には関係ないし、大体お前がうろちょろしてたら出来るもんも出来ねーだろ?」 「一方的過ぎじゃないですか? 話くらいさせてください」 「気が済むまでしたらいい。だが俺の気持ちは変わらないからな」  絶対に折れてはならない。どんなに桐生が嫌がっても、惑わされてはダメだ。期待するな。これは絶対に負けてはならない戦いだ。  桐生は明らかに動揺している。俺が縋って別れないでくれと言うだろうと、見込んでいたんだろうな。 「……えっと……まず、謝ります。俺調子に乗って深森さんの嫌がること沢山しました。でもそれは、あなたが好きで困らせてみたくて、子供っぽいですよね。でも俺のくせで……」 「俺はいい大人だし、お前と同じ男だ。強制されたことでも自分で決めたことだと思ってる。だからお前のしたことは関係ない」 「……と、とにかく別れるのだけは考え直してください。俺の気に入らないところは全部、直しますから」 「別れる理由は一つだ。お前は俺を愛していない」 「何言ってるんです? 違います!」 「違わない!」 「あなたに俺の心がわかるって言うんですか?」 「お前は自分をより愛してくれる人間が好きなだけだ。間抜けだよな。お前は一番最初に答えを言ってくれていたのに俺はずっとそのことから目を逸らしてしまっていた。いつか、俺よりお前を愛する人間が現れたら、お前は俺の手をあっさり離すだろう。俺はその恐怖に耐えられない」 「違います……」  思い当たるんだろう……。桐生の声のトーンが下がる。  そう、最初からお前はずっと変わってない。変わったのはこっちだ。勝手に期待して勝手に傷ついているだけだ。 「確かにお前の気持ちだから、本当のことはわからないな。だが最初からの約束は履行してもらう」 「こんなのはおかしい!」  桐生が叫んだ。 「どうして! どうして言わないんです! 別れるのは嫌だって! 絶対あなたはそう言うはずなんだ! そのために今までずっとずっと甘やかして愛して来たのに!」  大アタリだな……。  わかってはいたけれど、やっぱり辛い……これから俺以上の気持ちを持つ相手が現れるかは難しいかもしれない……だから惜しいんだろう?  傲慢で我儘で可哀想な子供。解ってる。お前のその鋭利なカンは何も間違ってないよ。俺は誰よりお前を愛してるし、本当は別れたくない。  自分でも分からない。なのにお前が望んでいる言葉は言ってやれない。  お前が最初に決めたルールはある意味完璧だよ。  幸せになって欲しい。  その為にこの気持ちを殺していい。  お前はきっと自分から愛せる相手を見つけられる。 「……大声出してすみません……もう少し冷静になって話しましょう。そう、そうです。昨日あんなに俺の事好きって言ってくれたじゃないですか?」 「あんなの誕生日のリップサービスだろ」  桐生が言葉に詰まる。  辛い。辛いけれど、絶対に気持ちを覆してはならない。  俺が理性を保てているうちに早く終わらせたい。 「もういいな。帰るから鍵を返せ」 「まって……まってよ……」  俺にしがみつきながら、桐生がこどものように喋った。 「いやだよ……すてないで……いい子にするから……なんでもするから……」  ズキリ……と心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。  こんなに大きな傷を持った桐生を俺はまた傷つけるのか……。  今すぐ抱きしめて『大丈夫だよ』って背中を撫でてやりたい。 『お前は愛されている子供なんだよ』って言ってやりたい。  でもそれではダメなんだ……。 「ゲームはここまでだ。桐生。全てお前の計画通り、ちょうど2年。プライベートでは二度と会わない。仕事以外では声もかけるな」  言うと、あの何十にも覆われた仮面が全て壊れて、涙と鼻水だらけの顔が絶望的な表情で顔を上げた。 (やっと会えた……)  綺麗だな……なんて愛しいんだろう……。  多分もう大丈夫だ……きっとお前は幸せになれるよ……。

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