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1018day sun 12/24 end.

 「誕生日プレゼントを渡しに来ましたーー」  夕方になると桐生は、ケーキや酒を大量に持って嬉々として家にやってきた。会議と言ってたくせに、よくよく聞いたら新社長就任のお披露目の総会だったらしい。恐ろしい、なに前日に無茶苦茶してんだよ。  泣き腫らした顔は出社前に先代の墓に寄った息子が涙ながらに会社を引き継ぐ決意を伝えた。という美談になって社員に感動をもたらしたらしいから良かったけど。すげー柔軟な対応をするブレーンがいるんだろうな。  まさか男に縋って泣いていたのが真相とは……なんか桐生の親父さんに、ほんと申し訳ない。しかもその後のパーティーにもろくに出席せずにとっとと上がって、うちに来たらしいし……。  顔の腫れはだいぶマシになっていたが、まだ少し目元が赤くなっていて昨夜のことが現実だったんだなと再認識する。結局手放せないんだ。心も体も正直なものでここ数ヶ月感じたことのない幸せな気持ちで、俺は桐生の帰りを待っていた。 「誕生日おめでとうございます」  12時なると桐生はワインクーラーで冷やしておいたロゼのシャンパンを開けた。これあの有名な銘柄のだよな。怖すぎるから値段は聞かないでおくけど……。 「美味しい……」  上品に発泡した淡い桜色の液体。少し口に含んだだけで、すごいフルーティな香りが鼻に抜けた。甘いわけじゃないのに舌にまとわりつくようなまろやかさだ。 「気に入ってくれたみたいで良かったです」  言うと、今度はカバンの中から大きなリボンのついた箱を取り出した。 「あとこれはオプションです。前の捨てちゃっただろうから」  開けるとプラチナのブレスレットが出てきた。前にもらったものと同じものだ。 「……いらない」 「えええ!! なんでですか! やっぱり俺のこと許せないんですね?」 「……あるから」 「え?」 「何度も言わせるな! ……あるからいいって言ってる!!」 「持っててくれたんだ…」  桐生が嬉しそうに笑う。  ああ、そうだよ……お前に未練たらたらで、捨てられなかった。 「……これ、おまえがしろよ」  桐生の腕を引っぱって手首につけてやった。 「ペア……」  なんかこいつプルプル震えてるし……。 「深森さん。お願いが……」 「なんだよ?」 「キスしたいです!!」  声がでかい……なんつーー聞き方だ? なに顔真っ赤にして叫んでんだよ。中学生か? あの小憎たらしいくらいスマートで嫌味な男はどこ行ったんだよ。 「イヤならいいです! まだ俺たち付き合いたてみたいなものだし!」  付き合いたて?? お前確か付き合ってもいないのに、会って1回めでキスして2回めで俺のこと襲ったよな? 「イヤだと言ったらしないのか?」 「嫌なことは絶対にしません。俺あなたに1ミリも嫌われたくないんです」  ほんと別人みたいで笑える。 「イヤだな。キスだけじゃイヤだ」  桐生を抱き寄せてキスをした。 「俺だってお前に触りたいのに、そんなんじゃ、いつまで経っても始まらないだろ」 「深森さん…」 「名前で呼べよ」 「理さん」 「ずっとお前に触りたかった…」 「そんなに甘やかされたら、俺ダメになっちゃう…」 「俺といる時くらいいいだろう」  おまえの仕事の能力は心配してないけど、あんな大きな会社の舵取りをしなくちゃならないんだ。これから責任や重圧は半端なくなるだろう。 息子とはいえ、急に跡を継いだ桐生に反発する社員も少なくないだろうし。  ここにいる時くらい甘やかしてやりたい。 「大好きーー!!」  しがみ付いて、また泣いてるし。 「泣くか、やるかどっちかにしろ」 「……やります」  言うと、大きな子どもは、ピタッと泣き止んだ。  ・・・・*・・・・*・・・・*・・・・ 「今年も深森さんのご実家について行っていいですか?」  桐生はベットの中でごろごろしながら聞いてきた。毛布を引き寄せ顔を埋めてる。心地いい場所を探して巣を作っている犬みたいだ。 「いいけど、お前会社大丈夫なのか? デパートって福袋とかセールで、年末年始忙しいんだろ?」 「準備は万全だから大丈夫です。年始の挨拶は7日だし」  もう連れて行くことはないと思っていたのに……ほんと人生っていろいろ自分の想定を越えてくるな。 「お母さんにプロポーズに行かないと」 「お前まだそんなこと言ってんのか?」 「息子さんを僕にくださいって」 「ばかか!」 「悲しませちゃうかなーお孫さんの顔見せてあげられないことになっちゃうし」 「妹の子供が3人いるからいいだろ。お腹に4人目もいるらしいし」  俺のことなんかより、心配なのはお前の方だ。 「お前だって……」 「弟がいるから大丈夫です。すげー女ったらしだから沢山子供作るだろうし、きっと一人くらいくれますよ」  俺の心配を察知して遮るように桐生が言った。  ひでー言い方だな。でもちょっと安心した。 「なにも心配しないでください。なにがあっても絶対あなたを守ります。どんなことからも、絶対傷つけさせない」 「俺は大丈夫だよ」  お前がそばに居るこの揺るぎない平穏と安定感が教えてる。  この先に起こるどんな不具合も、とるに足らないことだと。 「愛してるよ。尚。ほんとうに心から」  たくさん伝えて、たくさん幸せにしてやりたい。  お前は愛されるために生まれてきたんだよって信じさせてやりたい。 「俺も愛してます」  抱きしめられた桐生の肩越しに欠けたピースが美しく埋まるのが見えた。  綺麗だな。  ずっと見たかった景色だ。                           fin

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