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【730days番外編】It's showtime ! all right !
今日は日本橋にある桐生のデパートイベントに来ていた。
1階エントランスに作られた特設会場は、女性客の熱気で沸いている。センターに花道が作られその脇には枡席みたいな特別席も作られていて、いかにも上客なんだろうという女性陣が優雅にお茶をしながら見物していた。サングラスで顔を隠しているけど一番前の席にいる女性、多分引退した有名政治家だよな。その横を男性モデルがゆっくりと歩いて来る度、会場から大きな歓声が上がった。
ただのファッションショーではない。出場者はいわゆるハイスペ男子だけという異色のショーだ。彼らが歩いてくる背景の壁にはプロジェクトマッピングでモデルの名前、身長、体重、生年月日、出身地、血液型、学歴、職歴、趣味などのプロフィール。会社名、会社の外観、内観、実際仕事をしている様子などが写し出される。1番大写しにされているのが会社の年商だ。
画面にはハートマークのアイコンが無数に現れている。それは観客からのイイネ!だ。来客は携帯から気に入ったモデルに投げ銭ができるシステムになっていて寄付額に応じてサイズやカラーの違うハートマークが画面に現れる。1番寄付してくれた人にはそれぞれのモデルと半日デート権(もしくは直接取引権)が付与され、その収益は全て福祉団体に寄付されることになっていた。
同じ階の特設会場では、それぞれの企業の商品やノベルティ、モデルの着ている服の販売、各階へのブランドショップへの誘導もされていた。
大手企業の社長など、かなりの著名人が賛同してくれたようでIT会社の社長や、タレント、俳優、ユーチューバー、弁護士、仮想通貨コンサルタントなど、さまざまな職業の男性が出場している。新生堂の添島社長の姿もあった。年商額がみんな半端ないな。さっきから表示額の桁数が追いきれない。
「お前えげつないことするなーー」
関係者席で隣りにいる桐生に話しかけた。まあ依頼を受けてこのシステム作ったのは俺なんだけどさ。
「ひどい評価ですね。これでも個人年収の表示は控えたんですよ。今デパート業界は大変なんです。手段を選んでなんか入られません。俺がやるからには絶対に最盛期の売り上げに戻してみせます」
言いながら桐生の顔は生き生きとして楽しそうだ。きっと近いうちに叶えてしまうんだろうな。
山田と八魂が並んで花道を歩いてきた。背景には【インフォーマル】の会社のプロフィール等が映し出され、真面目に仕事してる風の山田の姿や会社の創立の理念などが流れている。山田はニコニコしながら女性客に手を振って歓声を浴びている。八魂も笑顔だが、笑ってはいないな。
「よく八魂を引っ張り出したな」
お祭り好きの山田はともかく八魂はこういう表だったことは絶対嫌がるのに。
「来期のお中元、お歳暮の総合カタログの表紙とトップの特集ページ進呈しましたから」
なるほど……黒い取引があったか。
「兄さんひどーーい! 俺が1番年商低いじゃないですか! 恥ずかしいーーー!!」
モデルの男性がステージから降りてきて桐生に向かってまっすぐ歩いてきた。
兄さん? ってことは!
「お前はまだ働いてないだろう。掲示したの実家の年商だし」
弟さんか。すっごい背が高いな。
「その分、顔で客を引け!」
ひでー兄貴だな。
「いいよーー兄さんの役に立つなら何でもしまーす!」
弟スッゲー懐いてるな。ちょっとホッとした。写真でみた桐生の母親にそっくりの顔をしている。
「この人誰ですか?」
隣りにいる俺にやっと気づいたらしく、目が合うとにっこり笑って頭をポンポンと撫でられた。ほんと背高い。山田より高いな。
「馴れ馴れしく触るな! 彼は深森 理さん。俺が前勤めていた会社の先輩で今は俺の恋人」
うわ! こいつ言った!
「えーーーー!! 嘘でしょ? このフツーの人が?」
え、弟さん。そこなの?
「はぁ? 尊死するほど可愛いだろうが! 深森さんを侮辱するとかお前殺されたいのか?」
桐生は凶悪な顔をして、弟の胸ぐらを掴んだ。兄ちゃん怖いし。それに会話の内容、色々オカシイ!
「社長そろそろお願いしまーす!」
スタッフの男性が桐生を呼びに来た。
「深森さん申し訳ないんですけど、最後の挨拶に出なきゃなんで行きますね。帰らないで待っててくださいよ」
「わかった」
答えるとスタッフに連れられてステージ裏に向かって行った。トリは社長らしい。
「改めまして、弟の雅人です。俺驚いちゃってすみませんーー」
残された弟さんが軽い感じで謝罪してくれた。
いや、それはそうだろう。驚くの当たり前だし、身内として、反対とかないの?
「俺、兄さんの事すっごいリスペクトしてて、兄さんが決めたことなら何も言うことはないんですけど、なんか驚いちゃってつい失礼なこと言っちゃいました! これからよろしくお願いします!」
言うと思い切り頭を下げてくれた。
いや、いいよ。当然の反応だし。むしろ飲み込み早いくらいだよ。
雅人さんは初めて会ったとは思えないほど、あたりが柔らかい。桐生とは別なタイプの人たらしだな。イタリア留学から帰ってきたら京都の老舗着物店の跡を継ぐ予定なのだそうだ。そういえば華やかな真っ赤な打ち掛けを羽織っている。
「俺、昔から兄さんのこと大好きだったんですけど、ずっと嫌われてたんですよね。でも今回呼んでもらえて超嬉しかった! 久しぶりに会ったらすごく雰囲気変わってて、それって深森さんのおかげだったんですね。あんな人間臭い兄の姿初めて見ました。兄のこと、どうぞよろしくお願いします!」
雅人さんはまた深々と頭を下げた。
「こちらこそ」
いい弟さんだな。桐生の身内に彼みたいな人がいて良かった。
「……あと、これはもし言った方がいいと思うタイミングがあれば深森さんから話してもらえればです」
あたりに見渡して人がいないことを確認すると雅人さんが話しだした。
「母は兄を傷つけたことを本当に後悔しています。言い訳する権利もないし、会うことすら許されないと思ってます」
雅人さんも桐生の怪我の原因知ってるんだな。
「でも彼女は兄を愛しています。その証拠に兄がスムーズに会社の跡を継げるように手配したのは母です。絶対に俺が父の会社を継ぐことは許しませんでした」
雅人さんの顔が少し曇った。多分自分の出生のことも知ってるんだな。
「俺から言えば更に兄を傷つけることになるのでずっと言えませんでした。でも、もし言った方が兄さんのためになると思うタイミングがあれば、深森さんから言ってあげて下さい」
「わかった。教えてくれてありがとう」
言うとお母さんそっくりな綺麗な顔で雅人さんは笑った。
良かった。愛されてたんだな桐生は。
一段と大きな歓声が上がって桐生が花道から歩いてきた。
グループ会社の年商とはいえ、おっそろしい額が壁に掲示されている。
背景には会議風景や視察をしている姿などに混じって先代と並んでいる写真も映し出された。お父さん桐生によく似ている。桐生は10歳位かな? 可愛いな。
「皆様本日はご来場いただき誠にありがとうございました。また多額のご寄付をお寄せいただき本当に感謝申し上げます。皆様の暖かいお気持ちはこの桐生が責任を持って全額、福祉団体に届けさせていただきます。また大変お忙しい中、快くこの企画にご賛同いただいた出場者の皆様にも厚く御礼申し上げますと共に皆様の企業の益々のご発展をお祈り申し上げます。どうぞ皆様今後とも、この鶴丸百貨店をご贔屓にしていただけますようお願い申し上げます」
桐生が深々と頭を下げると、大きな拍手と共にハートマークのアイコンが次々と画面に現れ、寄付額がどんどん上がっていく。
最後に桐生が出場者を招き並んで会場に挨拶するとさらに大きな拍手と歓声が上がり、イベントは終了した。
すげーな。
俺が惚れた男はほんといい男だ。
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
「雅人と、ずいぶん話し込んでいましたね」
しばらくすると桐生が戻ってきた。
「いい弟さんだな……」
「甘ちゃんです。まだ働いてないし、これからだって、どう足掻いたって俺の方が収入いいです。身長はあいつの方が高いですが、まあ顔も綺麗ですけど……」
「お前何言ってんの?」
「俺の方がいい男ですからね」
もしかして妬いてんのか? さっきまでのかっこいい新進気鋭の若社長はどうしたんだよ? 急にちっちゃいぞ。
「お前の方がいい男だよ」
「ホントですか?」
「ああ」
言うと桐生は機嫌よく笑顔になった。
「あいつ昔から人懐っこくて、誰にでも愛されるから。解ってます。あいつは何も悪くないんです。俺のことも慕ってくれて、だから、余計嫌いだった。俺が欲しいもの全部持っていて妬ましかった」
「ありがとう。桐生。話してくれて嬉しいよ」
以前だったら桐生はこんなこと絶対に口にしなかった。
「深森さんにはもう何も隠さないし、嘘もつかないって決めてるんです。俺のこと信じて欲しいから」
「……信じてるから大丈夫だ」
桐生の顔が嬉しそうな泣きそうな表情になる。多分抱きしめようとして伸ばした手をグッと握って止めた。
「もう少しだけ待っててもらえますか? 指示だけだしたら俺も帰りますから一緒に食事でもしましょう」
「兄さんーー!」
着替え終わったのか、大きな荷物を持って雅人さんが現れた。
「今日は呼んでくれてありがとーー京都の実家に顔出したらイタリアに帰るねーー」
言いながら桐生を抱きしめた。桐生も渋々みたいな顔をしてるけどまんざらでもなさそうだ。ほんとホッとする。俺にもハグしてきて耳元で「兄さんを頼みますね」と囁いた。
「理さんホントに尊死するほど可愛いですね! 兄さん俺もカミングアウトしとくねーー実は俺バイなんだーー」
また頭をポンポンと撫でられた。みるみる桐生の顔色が変わる。
「お前とは絶縁だ!」
兄ちゃん。また凶悪な顔つきになって叫んだけど、雅人さんは気にする様子もなく人懐っこい笑顔で手を振りながら帰っていった。手足が長くてワイパーみたいだな。
「もう二度とあいつには会わせません!」
弟さんの冗談を間に受けて憤慨しているし。ホント仲良しで微笑ましい。
「早く指示して上がってこいよ。なんか美味いもの食わせに連れてってくれるんだろ?」
「この間絶対深森さんが好きそうな和食のお店見つけたんです」
言うとコロリと機嫌を直して現場に戻って行った。その背中を見ながらホッとする。
いいな。もっとお前の素顔が見たい。
伸び伸びして。どんどんいい男になってくな。
お前は自分が思っている以上に愛情を受けてたみたいだよ。
お前が自然に受け入れるようになったら少しずつ話すな。
Fin.
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