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【730days番外編】お月見
「すげーーな」
会社の帰りに待ち合わせして桐生の会社のデパートの屋上に来た。もう午後10時をまわっていて営業時間外で警備員くらいしかいなかった。こんなところに入れるなんて社長の職権乱用だな。
「今日スーパームーンなんですって♪ 深森さんと少しでも近くで月が見たかったから」
あらかじめデパートのレストランからケータリングしておいた食事とお酒も用意されていた。
「会社は慣れたか?」
「だいぶ慣れましたよ。営業職とは違うけど親父が良いブレーンを残してくれたから俺は座ってるだけで全然機能してるんです」
そう言って笑っているが、父親の会社を急に継ぐことになって大変だったのはわかっている。しかもこの大きなデパートの母体である大きな会社だ。いくら桐生が亡くなった先代の長男で、有能であっても大きな軋轢があったのは想像できる。けれど桐生は決してそれを見せようとはしなかった。
「深森さんとこうしてゆっくりお月見できるなんて最高です」
そう言って桐生は俺のグラスに冷酒を注いだ。お月見を意識してるのかな? お重に綺麗に並んだ和惣菜。中には可愛いウサギのお団子も入っていた。
「俺もだよ」
嬉しそうに笑う桐生の顔は絵に描いたように甘い。しかもすげー会社の社長になっちゃったし、ほんと王子様だな。この6歳歳下の男と俺は付き合っている。色々あったが今ではもう気持ちはシンプルで落ち着いていた。俺はお前が好きだから可能な限り一緒にいる。もう何も疑ってないし、負い目を持ったり、心配したりしていない。俺が願うことは一つだけだ。
「お前は今幸せか?」
桐生は少し驚いたような顔をした後、月明かりの下、蕩けそうな笑顔で答えた。
「幸せです。怖いくらい……」
嬉しい。俺が一番望むことが叶っている。
「幸せだけど怖いんです。お願いだからどこにも行かないで。あなたのいない世界がもう考えられない。今だけ情けないこと言うのを許してください」
仕事のことは何も言わない桐生が辛そうな顔をして弱音を吐く。
「あなたがいないと多分死んじゃう……心配で心配で、ほんとはどこかに閉じ込めちゃいたい。事故とか病気とかでも嫌です。こんなに依存して面倒だと思われたくないけど、あなたがいなくなることが怖くて仕方がないんです」
同感だな……これだけは年上で良かった。
「俺のが年上なんだから先に死ぬのは仕方ないだろう」
「あーーーー!! 何あり得ない事さらっと言ってるんです! 無理! 無理! 無理! 絶対! 絶対! 死なないでください!!」
「無茶言うなよ」
笑える。王子様が何慌てて騒いでんだよ。
「深森さん、人間ドック行きましょう!」
「は?」
「うちの系列グループの病院のプレミアムコースを予約しておきますから」
「毎年会社で健康診断受けてるからいいよ」
「ダメです! 精密検査しましょう! 俺以外の男に深森さんの体を触らせるのはイヤですけど、仕方ありません。おじいちゃん先生用意しておきますから」
「なに言ってんだよ?」
「だって心配なんです! お父さんの病気のこともあるし、ちゃんと調べてもらいましょう!」
「確かに、死にたくはないな。ずっとお前と一緒にいたい」
「絶対だよ。どこにも行かないで」
手を握り、子どものように甘えてくる。
「行かないよ。ずっと一緒にいる」
桐生は無言でぎゅうぎゅう抱きしめてくる。こいつまた泣いてるな。
子どもの頃、誰にも甘えられなった桐生を俺は出来る限り甘やかすことに決めている。
みっともなくなんかない。もっともっと甘えて安心すればいい。
桐生の肩越しに見える満月が心に染み入るほど綺麗だ。心から愛する人がいるだけで、こんなにも世界は美しい。大丈夫だ。神様もそんなにイジワルじゃない。今度はお前が幸せになる番だ。
そこに俺が必要ならずっとお前のそばにいるから。
fin.
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