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第21話「もう一度会いたい」
色んな人が離れて行った自分に、価値なんてきっとない。
いつからかそんな考えが頭の片隅から離れなくなっていた。
(仕事も無理、恋愛も無理、人付き合いもできないで誰かを傷付けてばっかりだ)
薄々思ってはいたが、死の間際にフッと思い出した。
あの人の良い笑顔は、少しジェンに似ていたのだ。やたらと話が合ったのも、彼と出会ったときに感じた「長い付き合いになるな」と言う勘と同じものを感じた。
「友達に、なりたかったなあ」
そればかりが悔やまれたが、きっと返信はない。
ジェンもいない、あの人も振り向いてくれないならもういいじゃないか、とぼんやりと眺めた夜景に、今なら一歩踏み出せる気がした。
(靴は脱いでおく方がいいのかな、、遺書とか、まあ、いいか。落ち目のアイドルとか、スキャンダル俳優とか言われ放題だし。みんな分かるだろ、俺が死ぬ理由なんて。それに興味がないだろうし)
すく、と立ち上がると、目の前から吹いてきた風に少し身体が揺られた。
アルコールが回って来て身体が温かい。
ふわふわして心地いいこのまま、眠るように死ねるなら有り難かった。
(飛び降りよう)
目の前に広がる光の海に飛び込んだら、また戻れるのではないかとすら錯覚した。
あの眩しくて美しい、生きる活力に溢れた人生に。
右足を、乗っている囲いの上で動かし始める。
幅は60センチ程のその上で、ズリズリ、と白いブーツの底が擦れる音を立てた。
(さよなら、皆んな)
ピロン
「、、、、ん?」
尻ポケットで、携帯電話の通知音が鳴った。
(、、待て待て。見なくていいだろ。死ぬんだからもう見なくていい、、いやでも、この時間って雨宮さんが起きてる時間だし、1番メッセ送ってくれてた時間だし、いやでも、いや)
死ぬ勇気なんてものは鼻からないが、夜景に溶け込もうと言う気持ちがぐらりと揺らぎ、尻ポケットが気になる。
(雨宮さんかな、、雨宮さんだよなあこの時間だし、、でもケータイ見たらこの、行けるって気持ちがなくなりそうだし)
そこまで考えてしまうともう遅くて、芽依はゆっくりとしゃがみ込んで、吐き気がしそうな程に高いビルの屋上のフチに座り込み、ちょっとだけ、とポケットから携帯電話を取り出した。
雨宮[何のようですか]
「あーー、ま、みやさん、だ」
答えてくれた。
いつも話していたこの時間に、諦めていたのに、優しさのかけらなんてまったくないけれど、それでもあの人の良い男は律儀にもメッセージを送って来ている。
芽依は嬉しくて、そして最後のチャンスだと思った。
震える手で携帯電話を握り画面に触れると、「ごめんなさい」も言いたかったけれど、ここ1ヶ月の下らなくて楽しかった日常が思い出されて、「ありがとう」や、ゲーム、映画、色んな話がしたくなった。
MEI[もう1回、会いたい]
本気で10分程文章を考えたが、結局これしか浮かばなかった。
今死なずに会うのかと言うとそう言う事ではなく、友達になりたいだのごめんなさいだのではなく、本当に、ただもう一度だけ会いたいなと思ってしまった。
雨宮[私は会いたくありません]
それは当たり前の返事だ。
MEI[お願いします]
(何してんだろ、もう死ぬのに、、、もう、死ぬのに、死にたくなくなってくる)
謝りたい。
面と向かって、きちんと謝りたい。
芽依は、自分が本当はちゃんと人と向き合って、誰のことも傷つけたいと思わず、好きな人たちと笑い合う事のできる人間の筈なんだと言いたかった。
こんな嫌がらせをする人間じゃない。
こんな下らない、誰にも望まれない人間なんかじゃなかったんだ、と。
(分かって、なんて贅沢だよな)
風が吹くと前髪が揺れて、視界はチラチラと遮られる。
雨宮[あなた男性ですよね?ふざけないで下さい。運営に訴えますよ]
最後に雨宮に教えられた下らないけれど当たり前でかけがえのない日常が、芽依は本当に楽しかったのだ。
それを教えてくれた人の日常に紛れ、騙して、自分は傷付けてしまったと言う事を、今は何より後悔している。
せめてそれだけは分かってほしかった。
もうこの連絡を最後に、全て終わりになるのだから。
(最後なんだ。最後だから、)
返事を打った。
MEI[電話して]
その言葉の後に番号をメッセージ欄に打ち込んだ。
雨宮[しません]
即答だった。
「もう死ぬから、最後だから、ごめんなさいって言わせて」
誰にも聞こえない声で呟くと、素早く文章を打った。
MEI[お願いします。電話してくれたら、もうあなたの前に現れません。絶対に]
どうしても謝りたいんだと願って打った。
携帯電話を両手で握り、額に押し当てて目を閉じる。
吐息はまだ酒の匂いがした。
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