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第27話「正直者の有り難み」

小学1年生、初めてのクラスでできた後ろの席だった友達と仲を深めている最中。そんな感じがする。 《芽依くんいくつ?》 「25。サバ読んでないよ。俺の事務所のサイトのプロフィールのまま」 《んー。まあ分かるんだけど、君の口から聞きたかったんだよね》 その言葉に、一瞬、芽依は言葉を詰まらせた。 「あ、ごめん。嘘ついてたもんね、俺」 仲良くなりたい芽依と違って、雨宮はどうか分からない。 騙されていた側の彼がどんな気持ちで話しているのかと考えると少し心臓がびくついた。 申し訳ない。 この電話にも付き合わせてしまっているだけだとしたら、とまた罪悪感が浮かんできている。 《そう言う意味じゃないんだけど、》 「?」 《こう言うのって、もう一度その人の口から聞きたくならない?》 そんな理由で、、? どう言う意味が、、? 発言の意図が読めない芽依はしばらくポカンとして、「んー」と唸る。 雨宮は芽依の人生において、初めて出会う感覚の持ち主だった。 「そう言うもん?」 《俺的には。文字読んで終わりより、そう言うのをどんな風に言ってくれるのかとか、大事にしたいな》 「そう、か」 呆気に取られたと言うような声になった。 変な時間の睡眠と酒を飲んだせいもあり、芽依は下手に腹は膨れていた。 と言うより、食欲がない。 せめて風呂に入って寝ようと、寝室に入って電気をつけると通話をスピーカーモードに切り替えてベッドの白いシーツの上に置いた。 ズボンのベルトを外して開け放っていたクローゼットの中のポールの端に引っかかると、携帯電話に向かって話しかける。 「鷹夜くん」 彼としては、電話を切りたくはなかった。 《ん?》 「風呂入ってきて良い?できたら、繋いだままにしておいて欲しいんだけど」 拒絶されるだろうかと身構える。 《ああ、別に良いけど寝たらごめん》 (、、何か思ってたよりガード緩いな) 付き合いたてのカップルみたいな事をしている自覚は芽依にはあるが、多分雨宮にはない。 何の疑いもなくサラリと承諾された芽依は、やはり雨宮は絶対に騙されやすい人間だなと思いながらもまた口元を緩ませた。 「やった。ささっとで出るから」 《芽依くんだって仕事だったんだろ?ゆっくり浸かってきなよ、切らないから。出たら起こしてくれても良いし。耳元に携帯置いとく》 「鷹夜くん優し過ぎるわ、、ありがと。いってきまーす」 《いってらー》 この間合いに人がいるのが芽依にとっては久々だった。 スキャンダルがあってから女関係は一切再開しておらず、全く、何も、騒がせるような事実を隠してすらいない。 ここまでずっとお互いの生活を覗くように電話の向こうの音を聞きながら通話を続けるのは本当に久しぶりの事だった。 (もう良い時間だし寝ねーと、、あーでも楽しいなあ。もう少し話したい。泰清と荘次郎と飲まずに、中谷もいないのにこんなに安心できるの久々過ぎて、ちょっと変な感じすんなあ) 芽依は30分程で風呂から上がり、急いで身体を拭くと寝巻きに着替え、雑に髪を乾かし、携帯電話を置いているベッドに早足で向かう。 「鷹夜く、、あ、」 耳に押し当てた電話から、すー、すー、と規則正しい寝息が聞こえてきた。 半年前、付き合っていた女に突然別れを告げられたあの日から感じる事のなかった、自然な人間の温もりのようなそれを、芽依は何故か泣きそうになりながらゆっくりと聞いてしまった。 (あったかいなあ) ベッドの上に力なく座り込み、しばらくボーっとした。 スピーカーモードだった事を思い出して携帯電話の音量を上げると、その音は耳から離していても微かに聞こえるようになる。 何故だか、1人ではないと言われているような気分になれた。 (生きてる、、普通に風呂入ったし、普通に寝ようとしてる、俺。死のうとしてたからかな。1人で寝るのちょっと怖いけど、鷹夜くんの寝息聞こえるの、すげー安心する) ひとしきり辛い事が続いたとき、結局家に帰ってくると1人だった。 泰清や荘次郎には飲みに付き合ってもらったりと迷惑をかけ過ぎていて深夜に電話なんてできず、中谷にも生活があるからと我慢した。 眠れない夜が何日もあった。 自分を裏切った女が出てくる悪夢も、何回呼んでも振り返ってくれないジェンの夢も、何度も何度も見た。 「、、、」 気のおける、絶対に自分を騙すことのない人。裏切るような距離感でもない人。 雨宮は、今の芽依にとってはこの上ない程有難い距離にいる人間だった。 「鷹夜くん、、傷付けて、本当にごめん」 最後にもう一度だけそう言って、芽依は通話を繋げたまま部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。 (あ。友達になってって、言うの忘れた、、) 電話から聞こえる規則正しい小さな寝息に耳を傾けながら目を瞑ると、とんでもなく重たい睡魔が彼を包んで行く。 (明日、言ってみよ) そうしよう、と思った。 どうせこのお人好しは「別に良いよ〜」なんて、軽く言ってのけるのだ。

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