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第42話「彼の意志」
今日はブーツではなく軽い音のするスニーカーを履いていて、やたらと長い足で優雅に歩き、彼は鷹夜のそばに来た。
「え、」
「ごめん、来ちゃった」
気が付かなかった。
鷹夜が乗っていたエレベーターはビルに備え付けの正面玄関を入ってすぐの1号機で、その声の主が座っていたのであろうベンチは、少し離れた所にある2号機の目の前に置かれているのだ。
俯いて歩いていた鷹夜は彼がベンチに座っているところを見つける訳もなく、危うく無視して帰る所だった。
「ま、さか、芽依く、」
「じゃーん!せーかい!」
真っ黒な出立ちの男は鷹夜の隣に並び、黒縁メガネを少しずらして、被っていた帽子のつばを左手で引き上げ、付けていたマスクを右手で剥ぎ取ると素顔を晒し、彼を見下ろしてニッと笑った。
「ッた、竹内、メイ、、!!」
それは本物の、テレビ画面の中でしか見た事がない筈の男だった。
(え、え?え?え?え?え?え??)
小柄な鷹夜と違って大きく作られた図体と、整った甘いマスク。
その男はニッといたずらに笑う姿も美しく、格好良くて、クラクラしそうな程いい匂いがした。
「何でいんの!?」
軽くパニック状態の鷹夜は緊張からか身体中から汗が吹き出す。
目眩が起きそうで、思わずよろめいた。
「会いたかったんだって〜!あ、さてはLOOK/LOVE見てねーな?会社来ちゃった!って返事したのに」
ふふふ、と笑いながら歪ませた目元は優しげで、垂れた目尻に近づくにつれて長くなるまつ毛をふわふわと揺らして瞬きをしている。
漫画やアニメに出て来そうな、作り物のような整い方をした顔だ。
「はあ!?いや、ええ!?何で分かったのここって、何してんの、誰かに見つかったらどうすんの!!」
「バレないバレない。俺がこんなとこいる訳ないじゃん。さっき出てきた人も俺のこと全然無視だったよ」
「え、マジか」
「会社はさっき鷹夜くんが教えてくれたから、ネットで検索しました」
「う、わあ、、」
目の前に、本当に本物の竹内メイがいる。
芽依に会えた高鳴りなのか、メイに会えた昂りなのか、MEIと再会したぎこちなさなのか。
鷹夜の胸は痛くて痛くて堪らない程、内側の心臓が暴れ回っている。
(死にそう)
芸能人と会うとこんな事になるのだろうか。
状況が飲み込めているようでそんな事のない鷹夜は何とか卒倒しないように足を踏ん張った。
緊張で手の指の先が痺れ始め、脚はカタカタと震えて治らない。
「鷹夜くん」
「あっ、はい、?」
「俺、本物だったっしょ?」
してやったり、と言う悪戯そうな笑みが見えた。
「っ、、うん!!」
興奮した鷹夜が何度も頷くと、芽依は「頭取れそう!」と言って楽しそうに笑ってくれる。
緊張で身体が震える鷹夜に引きもせず嫌がりもせず、彼はただ優しく微笑んでいるだけだ。
嘘ではなかったんだ。
本物の、俳優の竹内メイがいる。
「鷹夜くんこんな遅くまで仕事とか、ほんと大変なんだね。お疲れ様。でさ、ご飯行かない?」
「え、だ、大丈夫なの?てか、いつから待ってた?」
「ずーっと。だからお腹空いた。ご飯いこ」
「ずっと!?ごめん、マジでごめん。あのメッセ、会社探す為だったんだ、、俺そう言うの察し悪くて、本当に、」
「たーかーやーくん」
謝り倒そうと言う鷹夜を止めて、芽依は彼の右肩をトン、と拳で押した。
「謝んなよ、俺がしたくてしたの。待ってたかったの。ねっ?」
「ねっ?」と少し照れながら嬉しそうに言う姿はまるで恋愛ドラマのワンシーンのようだ。
「あ、うん、ありがとう」
ああ、夢じゃない。
肩に当たる芽依の手から、じわりと体温が伝わってくる。
鷹夜はこれが現実なのだと実感して、少し泣きそうになった。
「ふはっ。疲れたな!結局2人とも仕事だったじゃん!何食べたい?あ、車ね、すぐそこのパーキングに停めてあるから」
「せめて駐車場代出させてくれ!!」
「えっ?ああ、ありがと」
鷹夜が急いで財布を鞄から取り出そうとすると、また芽依はそれを止め、「後ででいいから」と鞄を下げさせた。
「よっしゃ、行こ、鷹夜くん!飯飯!」
狼狽える鷹夜と違い、芽依は彼の腕を掴んでぐいぐいと引っ張りながら歩き出す。
引かれながら、背が違えば手もこんなに大きいのか、と自分の腕を掴んでいる彼の手を鷹夜はまじまじと見てしまった。
正面玄関のガラス張りの自動ドアを通り抜けると、大通りを右に曲がって、ビルの角でまた右に入る。
(てか、竹内メイに腕触られてる、、!!)
オフィス街の裏手に入っていくと、古い住宅街が広がっていた。
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