44 / 142
第44話「大理石」
「たっか」
40階建のマンションを見上げると首が痛む。
パソコンと向き合い過ぎて凝り固まった首はゴキンと一回鳴った。
信号で止まっていた車がまた走り出すと、鷹夜は窓から顔を離して前を向き、過ぎていく道路の白線を目で追ってみる。
土曜日。
静かな夜だった。
「嫌じゃなかった?」
「嫌じゃないよー。ちょっとびっくりしたけど」
離していた背中を革張りの背もたれにトンと預けると、ふー、とゆっくり息を抜いた。
どこに行く?何食べたい?
男2人で車を走らせながら散々考えたのだが、結局、お互いに出会ってしまったと言うよく分からない興奮に飲まれた2人は答えが出せず、何処かにフラッと立ち寄る気にもなれず、芽依の提案で彼の家に行く事にした。
落ち着いて話したかったのだ。
後部座席にはどっさりと買い込んだ惣菜や飲み物が袋に入って積まれている。
あくまで相手は芸能人だからとまたいくつか確認をしたのだが、芽依は全然気にしないと言って快く鷹夜をマンションまで連れて来てくれた。
「ふふ」
「ん?」
「いや、サランラップの話し覚えてると思わなかった、ふははっ」
肩を揺らして笑い出した鷹夜を横目でチラリと眺めてから、芽依は先程立ち寄ったスーパーでの一件を思い出す。
アルコールと惣菜を買い込み、冷凍食品を眺めながらふとサランラップを買おうと決めたのだ。
鷹夜のストレス発散方法であるタッパーへの鬼のサランラップ掛けをやろうとふざけて芽依が言い出し、結局家にあるのにもう1本サランラップを購入した。
「すごいなあ、マジでギロッポンの23万の部屋に住んでんだ」
車が地下駐車場に入ると、鷹夜は「すげー」と言いながら天井に付いている照明を見上げた。
24と白い線で書かれた駐車枠に車を停めると、芽依はボタンを押してエンジンを切る。
周りの駐車場にはズラリと高級車が並んでいる。
「マネージャーと事務所のおかげでね。マネージャー、中谷って言う女の子で同い年、、ではないか。何個か上だったかな。めちゃくちゃ頼りになるんだよね。飯うまいし」
「んー。ん?付き合ってんの?」
「ふはっ!違う違う、中谷結婚してる。新婚さんだよ」
ガパ、とドアを開けて2人とも車から降りる。
足音がおんおんと駐車場に響いた。
後部座席に積んでいたものを下ろして手に下げ、地下駐車場のエレベーターの入り口へ向かい、2号機の前に並ぶと上行きのボタンを押す。
「結構買っちゃったな」
鷹夜は食べ切れるかな?と考えながら芽依と自分の手にある袋を交互に見た。
「タッパー買ったし大丈夫じゃん?鷹夜くんの華麗なるサランラップ捌きを見せてもらお」
「ははは、やめろ」
クツクツと楽しそうに笑う鷹夜を見て、芽依も嬉しそうに微笑む。
ポーンと音がして前を向くと、エレベーターのドアが開いた。
「何かこう言うの久々だなあ。あ、ちょい前に駒井の家には行ったか。猫飼ったから見に来いって言われて。でも久々。人の家に来て飲み会すんの」
「会社の人だっけ?なあなあ、今日はさ、そう言うのいっぱい聞きたい。俺の友達の話も聞いて」
「ん、いいよ」
大型犬。シベリアンハスキー、いや、シェパード、、いや、もう少し柔らかい顔の犬種だろうか。
芽依は鷹夜と比べて20センチ近く大きい身体をしているが、中身は人懐っこく愛嬌があり、まさに大型犬だ。
鷹夜は改めて彼の純粋さや可愛らしさに触れて、何だか弟ができたように思えていた。
エレベーターの箱はぐんぐんと上に上がって行き、36階でポーンとまた音を出す。
開いた扉の向こうには、大理石調の床と壁が現れた。
(ホテルかよ、、)
「すご」
思わずそうこぼした。
「俺の部屋はじっこ。左出て突き当たり」
「ん、分かった」
ぞろぞろとエレベーターから降りると、買い物袋をクシャクシャ言わせながら歩き、左の突き当たりの角部屋の前で止まった。
芽依が財布からカードキーを出して部屋のドアに差し込むと、ピピッと高い電子音が鳴り、次の瞬間にガチャンと施錠の外れる音が重たく響いた。
「いらっしゃーい」
「おっじゃましまー、、玄関も大理石、、」
庶民と芸能人の違いを見せつけるような広さの玄関に入り、鷹夜は軽く絶望した。
ともだちにシェアしよう!