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第48話「第2回三十路の号泣」

「えっ、」 午前3時。 ソファに寝転がって寝てしまっていた芽依は、未だにラグの上に腰掛けている鷹夜のそんな声で目が覚めた。 (何時だ?鷹夜くん、ずっと見てんのか) 声を出そうにも喉が渇いていて口を開きたくない。 全身が怠いのは疲れのせいだろうか。それともベッドより少し硬いソファの上で寝こけていたからか。 気を遣ったらしい鷹夜はリビングの明かりを消してくれていた。 テレビ画面の煌々とした明かりひとつで、酒と一緒に買っておいた烏龍茶をコップに注いで飲んでいる。 「、、格好いいなあ」 (また褒めてる) ぼんやりする視界で、芽依は何とか鷹夜の後頭部を見つけた。 後ろの方にあるつむじは綺麗にぐるんと渦を巻いている。 《俺のことは忘れろ。お前が見なきゃいけないのは、アイツだろ》 「、、、」 鷹夜はドラマに見入っていて芽依が起きた事に気がつかない。 芽依は芽依で声も出せず、まだ眠くもあり、何度か目を閉じてはテレビの音でまた目を開けてを繰り返していた。 《でも、貴方と過ごした時間が今の私を作ってるんだよ》 《ああ、分かってる。俺も同じだから》 《うん、、だからね。だから、忘れない》 《っ、》 《忘れないよ、タスク。ありがとう、私のそばにいてくれて。今までありがとう》 「選ばれたの、ユウの方なんだ」 「、、、」 鷹夜は「王子2人にご用心」の最終話を見ていた。 結局、マリアを暴漢から助けたのはタスクだったのだが、マリアが心を奪われたのはユウだった。 タスクとユウは実は生き別れの兄弟で、兄であるタスクは良家に引き取られ、ユウはずっと孤児院で育ち、病気も抱えてしまった。 タスクはずっとユウを探し、病気や孤児院での事を知ると、彼と自分の立場を入れ替える為に素行を悪くし、不良になってしまっていたのだ。 だがユウはタスクと入れ替わる事を拒み、せめてタスクとマリアが結婚する事で彼女だけは幸せにして欲しいと願う。マリアは始め、タスクに想いを寄せていたのだがユウの細やかな気遣いや気配りに段々と惹かれていき、最後はユウを選んで彼と共に学園を去っていく。 今はその途中の、マリアがタスクに別れを言い、ユウを追いかけるシーンだ。 《ユウーーーっ!!》 「、、、っ、」 ズッと鼻をすする音がして、ぼんやりと画面を見ていた芽依は「え?」と瞬きをした。 意識がハッキリと戻って来る。 まさかと思ってバレないように鷹夜を見下ろすと、やはり、ぼろぼろと涙をこぼしているのが見えた。 (え、うそ、めっちゃ感情移入する派なんだ、、え、誰に?) 芽依はこのドラマのとき、本当に自分を選んでもらいたくて必死に演技をしていた。 周りの経験豊富な役者達から演技指導をしてもらい、監督達とも良く話し、ライバルであるジェンとも高め合っていたのだ。 しかし結果、視聴者が選んだのはユウ。ジェンの方だった。 「何でタスクじゃねーんだよお」 酔いが覚めた鷹夜はドラマに見入っていた。 てっきりタスクが選ばれると思っていたのだ。 贔屓目なしに自分が女の子だったらタスクを選ぶだろうなと思っていたから、ユウが選ばれた事に対してと、タスクの敗れた恋心を思って泣いている。 マリアやユウの為にあんなに頑張ったのに選ばれないなんて、と、鷹夜はタスクに感情移入していた。 「いい奴なのに、、俺が女だったら絶対タスクなのに」 「、、、」 芽依が起きていないと思っている鷹夜からすれば、ひょいと溢れてしまった独り言だった。 けれどそれは、芽依からすれば死ぬ程聞きたかった素直な視聴者の声だった。 (、、鷹夜くんが選んでくれるなら、マリアとじゃなくて良かったかな) ソファの上で横たわりながらバレないようにテレビを見つめ、芽依は薄く笑う。 そんなに人気がなかったのかと落ち込んだ時期もあったが、2人だけで戦ったのだ。絶対にどちらかは勝つし、どちらかは負ける。 ただ少なかったと言うだけで、芽依、つまりはタスクを評価してくれていた視聴者はゼロではなかった筈だ。 (今なら素直にそう思える) 「、、、」 「?」 急に静かになった鷹夜の方をまたチラリと眺めた。 暗い部屋の中、テレビ画面の明かりだけが彼の顔を照らしている。 「、、格好いい」 また褒めてくれた、と思って今度は彼が見つめているテレビ画面へ視線を移す。 (え、) しかし、そこに映っていたのは黒髪のジェンの方だった。 《俺でいいの?金持ちでも何でもないんだよ。病弱で、頼りなくて、》 《私と同じだから貴方がいいの。2人で支え合って生きていきたい。誰かに守られてばかりが女の子じゃないんだから》 学園の正門で最後に2人が話しているシーンだ。 ここで手を取り合い、2人は学園から去っていく。 金持ちの子供達が通う学園にいた2人は共に切磋琢磨する特別招待生と言って、庶民の学校で優秀な成績を納めたからと学園に入れていたのだが、結局はその地位を捨てて、一般の高校に入り、普通の学校生活を過ごして終わるのだ。 《好きだ、マリア》 《ずっと一緒だよ、ユウ》 画面の中の2人が寄り添う。 (最後のキスシーンだ) 当時は日本の女子高生全員が泣いたと言われた程、そのシーンは人気であり、また残酷だと言う話題になった。 人気絶頂期だったBrightesTの片割れであるジェンが、付き合っているのでは?と噂されていた共演女優、ヒロイン役の神谷樹紗良(かみやきさら)とキスをするのだ。 それは皆んなの憧れるワンシーンであり、同時に憧れの彼氏役が他の女とキスをしてしまう最悪なシーンでもあったのだ。 《ああ、、俺はずっと、マリアといるよ》 唇と唇が、画面の中で触れ合う。 「、、、」 ゴク、と鷹夜が唾を飲む音が微かに聞こえた。

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