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第57話「天国と地獄」
2人はドアの前にいた。
「フタあーけーて、、鍵さして、で、3、11、5、88、」
ピーー
「おっけ、鍵回して」
ガチャンッ
「おお、開いた!」
「覚えた?」
「ん」
芽依の家に着くと、時刻は17時半を回っていた。
びしょ濡れの2人分の服をビニール袋に突っ込んで持ってきた鷹夜は、作ったばかりの新しい鍵を試した。
無事にドアが開くと、2人はドサドサと中に入ってまずは濡れた服を洗濯機に突っ込んで回し始めた。
「あっちでもこっちでも洗濯してんな」
鷹夜は楽しそうに言った。
やはり鷹夜の部屋と比べると芽依の家は広く、殺風景で見た目を考えていない彼と違い、インテリアの色の統一などが徹底している。
芸能人の部屋、と言う感じだ。
「3、1、1、5、8、8、って、何の番号?」
芽依の家のドアの開け方を頭の中でもう一度おさらいしながら、鷹夜は少し覚えづらい6桁の番号について聞いた。
「ああ。小野田芽依、の漢字の画数」
脱衣所の洗濯機が回る音が聞こえる。
確かに今日はやたらとこの音を聞いているな、と思いながら芽依はテレビのチャンネルを回した。
「小は3画、野原の野は11画、って感じで並べただけ。覚えやすくない?」
「あー、すげえ確かに。それなら忘れない」
鷹夜は「おー」と口を開けながら頷いた。
2人はソファに腰掛けてぐだっと身体から力を抜き、背もたれにもたれかかって息をつく。
特に話す事もなく、けれど無理矢理に話題も考えない。
別段、無言でもへっちゃらな程にリラックスしていた。
芽依は鷹夜がスッと目を閉じるのをチラリと見つめて、寝るのかな、と小さい音のままつけたテレビの画面を眺める。
結局、夕方にやっている釣り番組のチャンネルにしていた。
「今日なに食べたい?」
聞こえているか分からないが聞いてみた。
「ん、、どうしよっか」
小さな声で返事があった。
優柔不断と言う訳でもないが、これと言って食べたいものが2人とも浮かばない。
眠そうな声の鷹夜はソファの窓側の肘掛けに頭を乗せて横たわってしまった。
「寝んの?」
自分も少し眠そうにしながら芽依は鷹夜に問いかけた。
「んー、ごめん、めっちゃ眠い」
「全然、俺も寝そう。あ、かけるもの持ってくる」
「ぇ、?」
既に寝かけているぽわんとした顔で無理矢理目を開き、芽依が寝室にゆっくり歩いて行くのを見つめる。
寝室から戻ってきた彼の手にはタオルケットが持たれていた。
(女の子じゃないんだから、いいのに)
ふあ、と小さくあくびが出る。
芽依はソファのそばに立つとタオルケットを両手で持って広げ、鷹夜の身体にゆっくりとそれを掛けていく。
「芽依くん」
「ん?」
「気遣わなくていいよ」
「俺がしたかったの」
「んん、いい奴すぎるわ」
冷房をかけている部屋の中ではタオルケットに包まれるのは適度に涼しく心地良い。
「ありがとう」
眠そうな顔がふにゃ、と笑った。
「俺も入って良い?」
「どぞ〜」
テレビの音がしている中で、2人はダブルサイズのタオルケットに足を向け合って入ると、お互いの体温を感じながら段々と迫ってくる睡魔に目を閉じていく。
しばらくすると小さな寝息がふつふつと聞こえ出した。
「ジェン?」
暗い世界で、彼だけがそこにいる。
銀色の艶やかで長い髪を風になびかせながら、悲しそうにこちらを振り返って笑うばかりで、いくら手を伸ばしても届かない。
ひと言も何も言わずに、声を漏らさず、ずっとそこに立っている。
「ジェン、行くなよ。戻って来いよ、なあ」
芽依は進もうとしたのだが、足が動かなかった。
「メイさん危ないですから動かないで下さい!」
「本番始まりますよ!」
「ッ、え?」
次の瞬間、目の前にいた筈のジェンがフッと姿を消し、暗い台下の景色が目の前に広がった。
「何でッ」
カウントダウンをする黄色い声が聞こえる。
ビリビリと肌に伝わってくるスタッフ達の緊張に唾を飲み、芽依は頭を抱えた。
何かに絡み付いている電飾が揺れている。
ぶつけ防止の白いクッション材が至る所にくくりつけられたそこは、見知った場所だった。
「嫌だ、やめろ、1人でステージに立つのは嫌だ!!」
リフターの天板の上にしゃがんでいる芽依は急いでそこから飛び降りようとするが、周りのスタッフの手が伸びて来て身体を取り押さえられてしまった。
いくらもがいても、腕を一本一本振り払っても、身体は動かない。
「やめろ!中谷、助けて中谷ッ!社長!!助けて、嫌だ、上げないで、1人じゃできないんだよ!!」
誰も話を聞いてくれない。
誰も助けに来てくれない。
ここは1人ぼっちのステージの下だ。
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